秋の大本神苑、大本弾圧の傷跡も

連載・京都宗教散歩(25)
ジャーナリスト 竹谷文男

亀岡市・大本神苑内に残る亀山城の石積み

 京都市内には紅葉の名所が多いが、静かに鑑賞しようとすれば、その一つは隣接する亀岡市の大本(宗教法人、京都府綾部市に本部)にある「大本神苑」が挙げられる。この神苑は、明智光秀の居城だった亀山城跡に造られたため広く緩やかな起伏に富み、寒暖差の大きな亀岡盆地の気候のため紅葉も鮮やかに色づいている。
 大本は知られているように戦前、政府から二度の大弾圧を受けたが、屈することなく越えてきた。特に昭和10年から始まる二度目の弾圧は凄まじく、治安維持法や不敬罪などで起訴され、判決も出ないうちに政府は「月宮殿」と呼ぶ神殿などの教団施設をダイナマイトで破壊し、しかも破壊にかかった費用まで大本に請求した。近代的な法治国家の枠を大きく逸脱する人権蹂躙事件だった。これに対して大本は最終的に、全ての訴えに無罪を勝ち取った。
 JR亀岡駅にほど近い神苑に入り、緩やかな坂を上って石垣跡を過ぎると、旧天守台跡に出る。ここには戦前、大本の「月宮殿」があったが弾圧によって破却され、今は代わって「月宮宝座」が至聖所として建てられている。宝座の手前の石積みには「伊都能売(いづのめ)観音」の石の坐像が置かれている。観音坐像には首が無いが、それは弾圧によって破壊されたためだった。
 戦前の大本弾圧をモデルにした小説が高橋和巳の『邪宗門』。同書には「ひのもと救霊会」と呼ぶ教団の教主・行徳仁二郎とその教えに、多くの人たちが惹かれていく様子が活き活きと描かれている。無償の愛と奉仕を根幹に据えて発展しつつあった同会に、昭和期の世相の中で、多くの無産農民や軍人が入信してきたが、政府はこれを危惧し始めた。そして、救霊会の開祖・行徳まさが「日本は戦争に負ける」と預言したことから政府は、治安維持法や不敬罪に抵触するとして救霊会を弾圧する。神殿や各教会はダイナマイトで爆破され、幹部や信徒は治安維持法で拘束され、ある者は獄中死した。小説のひのもと救霊会は戦後、GHQの日本統治と民主化によって解放され復興するが、このあたりまでは小説は、モデルとなった実際の大本と大きく外れた描き方ではない。
 しかし、小説ではその後、暴力革命思想を持った信徒が三代目教主に就き、密かに準備して武力蜂起し、軍や警察によって壊滅させられる。これに対して現実の大本には、武力革命の思想も行使の事実も無い。

大本弾圧で首が切り取られた大本神苑の伊都能売観音坐像

 小説の中で武装蜂起を決定した教主・千葉潔の思念を、高橋は描く。「感謝の念は、返礼しうる余裕のある者の感情だ。人々は、人間が三度三度飯を食わねば生きてゆけない存在であることを忘れている。世相に対して、ただ祈祷する以外に対処するすべを知らなかった宗教の在り方を認めなかった。祈祷は自己の宿命を断ち切り、歴史に非連続な局面を加える最後の手段である。もし宗教に存在の価値があるなら、万人に美と真と善とを信じうる地盤を提供することが第一義のはず。ならば『祭政一致』の『祭』は、現実の秩序のあり方を変容する実力を持たねば意味は無い」(途中省略あり、『高橋和巳全集第8巻(邪宗門(下))』河出書房新社刊、388〜389ページ)。
 主人公千葉の考えは、感謝の念とは余裕のある者の感情で、食の問題を解決しない宗教は認めない。祈祷は、歴史に非連続な局面を加える最後の手段であって、祭政一致の『祭』は現実の秩序を変容する『力』を発揮すべきだ、ということになる。つまり主人公の言わんとすることは、教団は“食”の問題を解決するために、“祈祷”は非連続な局面を加える手段としての力であり、“祭(さい)”とはそれゆえ現実の秩序を変える暴力だ、ということになる。こうして、小説中の救霊会は武装蜂起した。大本をモデルに展開していたこの小説は終局に至って実際の大本とは何の関係も無い、革命のために武装蜂起する集団となった。
 では、実際の大本はどうだったのだろうか。戦前からの政府による弾圧に対して大本は全て勝訴したにもかかわらず、また弁護士団から損害賠償の請求を勧められたにもかかわらず、出口王仁三郎師は「賠償と言っても国民の血税を受けることになる」と言って、みずから賠償請求を放棄した。戦後の大変な食糧難の時代に大本が、国家による弾圧に対して当然に受けることの出来た賠償を自らすすんで放棄したことは、莫大な賠償によって得ることが出来たはずの大量の“食”を教団自ら進んで辞退したことを意味する。
 小説『邪宗門』は一部分、大本をモデルにして書かれたが、その「ひのもと救霊会」は終局において“感謝、食、祈り”の問題を提起して饒舌に暴力革命の正当性を主張したのである。しかし、現実の大本は受けることができたであろう巨額の賠償金を自ら放棄することによって、提起された“感謝、食、祈り”の問いかけに無言の答えを示したといえる。
(2023年12月10日付 806号)