「イスラム国(IS)」の終末論

連載・カイロで考えたイスラム(37)
在カイロ・ジャーナリスト 鈴木真吉

 以上、イスラム教の成立からその信仰、法理論、実践内容、神学など各々の長所と短所をかなり大雑把に見てきた。イスラム教が現在、世界中に話題を撒き散らしている、悪い意味での“元凶”ともいうべきイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の終末論について、池内恵・東京大学先端科学技術センター准教授が著した『イスラーム国の衝撃』に沿って述べてみたい。
 残虐非道な行動で全世界を震撼させているISの異常な動きの1つは、世界中のイスラム教徒や改宗した若者らが大挙して「イスラム国」に「移住」していることだ。池内氏はISの「終末思想」に原因があるとする。
 ISの終末観は、ISがカリフ制を宣言した直後の2014年発刊の雑誌「ダービグ」に継続的に掲載されていた。雑誌のタイトル「ダービグ」は、終末の前兆となる最終戦争が開始される場所としてハディース(ムハンマドの言行録)に出てくる地名で、シリア北部アレッポの北約40キロにある人口3000人の町だ。
 最終戦争では、イスラム軍がローマ人と戦って勝利し、コンスタンチノープル(現トルコのイスタンブール)を占領するとされる。同市を一度は占領するが、後にサタンが偽の救世主を送り込むため再度戦い、救世主イエスが再臨して、アッラーの敵を槍で倒す。「ダービグ」は、ダービグの支配をめぐり、ISと地元の世俗的反体制派シリア人勢力との間に起きた戦いを、終末の前兆である大乱とし、「聖戦(ジハード)」に仕立て、イスラム教徒に武器を取り立ち上がり、イスラム国に移住して聖戦に参加することを強く勧めている。
 「ダービグ」は、ISの前身組織の創設者ザルカウィ(2006年殺害された)が「イラクの聖戦がシリアに及び、ダービグをめぐるハディースに書かれていることが現実化することこそ、終末の前兆としての戦乱だ、と予言していた」と主張、ISこそ最終戦争を勝ち抜く「善の勢力」だと印象付けしている。
 自らをカリフと宣言したISの最高指導者バグダディは、「世界は善と悪の2つの陣営に分かれた」と演説、ISを「善の勢力」に位置づけ、第3号の「ヒジュラの呼びかけ」で、「医師や技術者、学者、専門家よ!」と、世界中の全イスラム教徒に「移住(ヒジュラ)」を呼びかけた。このことが、世界中が驚いた、ムスリムの若者らが大挙してイスラム国に「移住」した理由だった。
 池内氏によると、ISは「ダービグ」第2号の「洪水」で、ノアの箱舟の物語に現代の背教者に満ちた世界を重ね、ISへの移住こそ、洪水から逃れた選民たちの行動再現だと説き、第3号の「ヒジュラ」では、ハディースや中世の神学者たちの議論を示し、終末の前兆としての「大戦」の地としてのシャーム(現在のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルを含む地域)に移住することが、現代の「ヒジュラ」だと主張した。第4号「失敗した十字軍」では、中世の十字軍に現代の十字軍(=悪の勢力)である米国を重ね、米軍の敗北の必然性を予言した。
 さらに注目すべきは、コーランの第33章62節や第48章23節を引用して、「アッラーの神聖な法令により、歴史は繰り返す」と強調、現在ISが進めるジハードの進撃は、7世紀に預言者や教友達が行ったジハードの繰り返しだ、と主張した。さらに、シャームがイスラム教徒と十字軍間の戦争で重要な役割を果たしたと指摘し、「そこから、救世主イエスによって圧制者の十字架が打ち破られる」とも断言した。ISは、イエスの再臨と歴史の繰り返しを信じ、現代こそが終末であると主張、善の側に立った聖戦を戦っていると自負しているのだ。
 驚愕させられるのは、第4号の「終末の時を前にした奴隷制の復活」という記事で、ハディースを引用し「奴隷制の復活こそが終末の時の前兆だ」と主張したことだ。事実彼らは、イラク北部ニナワ県シンジャルを制圧した際、ヤジディ教徒を奴隷にした。
 池内氏は、イスラム教の聖典から、現代の国際社会の規範を逸脱する結論が出されていることを憂慮し、「イスラム世界にも、宗教テキストの人間主義的な立場からの批判的検討を許し、諸宗教間の平等や宗教規範の相対化といった観念を採り入れた宗教改革が求められる時期なのではないだろうか」と指摘した。
 イスラム指導者は、「過激派はイスラム教徒ではない」と主張、テロはイスラム教と聖典と関係ないとして、聖典と自分達の責任逃れに徹して来たが、イスラム指導者こそ、イスラム教内宗教改革の先頭に立つべきだろう。
(2021年5月10日付 775号)