サムシング・グレート
2021年5月10日付 775号
「サムシング・グレート」を提唱した村上和雄筑波大学名誉教授が4月13日、85歳で逝去された。血圧の調節にかかわる酵素レニンの遺伝子の全解読に世界で初めて成功した村上教授は、『生命(こころ)の暗号』(サンマーク文庫)で、自身の研究から遺伝子工学の最先端、さらに死生観、人生観を語っている。
「ところがここに無意識の世界というものがある。これは自分でもはっきり意識できない世界ですが、この世界が魂とつながっているのではないか。魂は無意識とつながっていてそこからサムシング・グレートの世界へ通じている」
人間は自然と同じ
2012年11月、天理市で開かれた「宗教と環境」シンポジウムで、村上教授は次のように語っていた。
「生まれ育った天理の環境が私の人生と研究に大きな影響を与えたと思う。30年遺伝子の研究を続けて、心を変えたら遺伝子も変わるのではないか、笑いは悪いストレスを消すかもしれないと思い、吉本興業の協力で笑いと血糖値の研究を始めた。
糖尿病患者20人余に昼食後、大学の先生の講義と漫才を聞かせ、それぞれの血糖値を測ってみた。すると、前者では平均123だったのが、後者では77に落ちた。5年間、人を代えて実験しても同様の結果が出て、糖尿病の専門医も驚いた。笑いは遺伝子をオンにするので、どの民族の神話にも笑いがあり、人々は笑いと共に生きてきた。
すべての生き物は遺伝子でつながっていて、これは環境問題を考える上でも大切なことだ。人体は60兆個の細胞でできている。利己的だけではなく助け合う利他的な遺伝子を持っているから生きられるので、その遺伝子を発見したい。地球の元素からできている私たちの体は宇宙からの借り物で、私たちの命は宇宙年齢137億年を引き継いでいる。
そうした不思議な業を行う根源を『サムシング・グレート』と名付け、『命の元の親のようなもの』と説明している。それが今、私の中に働いているので、生きることができる。
ダライ・ラマ法王は『仏教は心の科学だ』と言っている。インドのダラムサラに1週間滞在し、法王と対話していた時に、ノーベル平和賞受賞の知らせがあった。法王は『21世紀は日本の世紀だ』と言っている。神道と仏教に基づく精神文化と科学・技術力、経済力を持っているからだ。奇跡的な命を授かったことに目覚めれば、日本は世界に貢献できる国になれる」
生物の基本単位は細胞で、細胞の働きは遺伝子によって決定され、遺伝子は同じ一つの原理で働いている。これは全ての生物が一つの細胞から始まったことを意味している。
前掲書で村上教授は、「私たちが草木を見て心安らぎ、犬猫に出合って親しみを感じるのは、あらゆる生物が起源を一つにする親戚兄弟だからかもしれません。科学者はこの発見を土台に生命の謎の研究に取り組み、いまようやくヒトの遺伝子暗号を解読するところまできました」と述べる。これは、最澄が唱え、日本仏教の基本にある生命観「山川草木悉有仏性」に通じている。
NHKこころの時代で4月から「瞑想でたどる仏教」が始まった。瞑想は仏教以前の古代インドからあった自己観察法で、自己と自己を取り巻く環境、自然の深い考察がインド哲学、仏教を生み、その思索が中国を経由して日本に伝わり、それぞれの風土や人によって変容しながら、今日の仏教を形成してきた。今のコロナ禍でそれがどう変わるだろうか。
パウロによる転換
西洋の自然観を大きく転換したのはパウロであろう。ギリシャ哲学の機械論的、目的論的自然観に、神からの恩恵という感情を注入した。それに人々は感動し、生きる力を与えられたのが、キリスト教の大きな力になったのではないか。自然から生まれた人間は、自然への深い問いをし続け、そこで得たつながりの実感が大きな力となる。
前掲シンポで講演した松長有慶・高野山真言宗管長(当時)は、弟子の環境倫理学者ロデリック・ナッシュの『自然の権利』(ちくま学芸文庫)に触れ、環境問題はキリスト教より天台宗か真言宗から論じれば十分の一で済むと語った。コロナも人と自然との関係の問題であり、宗教からの貢献が期待される所以である。