イスラムの刑罰規定

カイロで考えたイスラム(32)
在カイロ・ジャーナリスト 鈴木真吉

 イスラムの刑罰は大きく3種類に分けられる。第1は「ハッド刑」と呼ばれる量刑を変えられない固定刑で、姦通、姦通の中傷、飲酒、窃盗、追剥ぎ罪に適用される。第2は「同害報復刑(キサース)」と呼ばれ、いわゆる「目には目を」で、加害者に被害者と同等の報復を科す刑である。第3は「裁量刑(タァズィール)」と呼ばれる再犯を禁じるための矯正刑で、量刑は裁判官に任されている。
 ハッド刑の姦通罪で、既婚者なら死に至る石打ち刑が、未婚者には鞭打ち100回という重い刑が科せられるのは、姦通を減らす上では長所であろう。姦通罪と姦通の中傷罪があり、いずれも4人の証人を必要とするのは冤罪を防ぐ上で評価されよう。いい加減な証拠で中傷できないからだ。コーラン第24章「御光りの章」第4節には「貞節な女を非難して4名の証人を挙げられない者には、80回の鞭打ちを加えなさい。決してこんな者の証言を受け入れてはならない。彼らは主の掟に背く者たちである」とある。窃盗や追い剥ぎに対して、手足の交互切断や死刑、磔などの重刑が定められているのは、厳罰により犯罪を減らす効果が期待できる点で評価されよう。
 ただ、姦通罪が死に至る石打ち刑というのはあまりに厳しくむごい、というのが一般的な見方だろう。人権を重視する欧米世界は勿論、イスラム世界においても、一般的には厳しすぎる、残虐すぎると考える人は多い。だから、19世紀以降、イスラム諸国の大半が近代的な法を導入して、ハッド刑を見直した。現在では、同刑を実施している国はサウジアラビア、イラン、スーダン、パキスタン、アフガニスタンなどくらいで、それらの国でも諸外国からの圧力もあり、刑罰実行にあたり調整が計られている。人道に対する価値観が高まっている今日では、残虐刑の典型と見なされている。
 コーランに明記されているから実行されるべきとしているのが、ムハンマド時代に理想を求めるイスラム過激派諸派。国際テロ組織「アルカイダ」やイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」、アフガニスタンのタリバン、ナイジェリアのボコ・ハラム、北アフリカの「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」などでは、石打ち、鞭打ち、斬首、手足の交互切断などは日常茶飯事である。
 それ以外でも、イスラム法の復活を求める運動が高揚しており、その典型がエジプトの「ムスリム同胞団」だ。彼らは穏健を装っているが、ムバラク政権時には「過激派を育てる温床」と見なされていて、全世界のイスラム運動の背後にあり、「全世界イスラム化」を目指し、世界的に活動している要注意団体だ。
 「同害報復刑(キサース)」は殺人罪や傷害罪に適用されるもので、加害者に対し、被害者が被ったのと同程度の報復を課す刑罰で、要するに仕返しである。ただし、遺族が報復刑を免除した場合は、血の代償としての賠償金が科せられる。神の憐みや許しを垣間見る措置とも言える。刑罰としてはわかりやすく、やられただけやり返すのだから、それで“おあいこ”となり、双方が納得できるやり方ではある。
 「目には目を!、歯には歯を!」を実行した場合、殺人には殺人(死刑)が科せられ、報復が報復を生む「報復の連鎖」の恐れもある。
 エジプトの新聞の3面記事には、かなりの頻度で、古い時代からの家族間の争いが表面化し、敵討ちを繰り返し、報復が報復を呼ぶ事件が発生している。イスラム指導者の助言などにより、残虐刑を減らすことで、報復の連鎖を断ち切るべきだろう。
 「 裁量刑(タァズィール)」はハッド刑とキサース刑以外の全ての犯罪と宗教的罪などについて、裁判官が裁量によって命じる刑罰である。文書偽造や詐欺、恐喝、断食期間中の飲食、礼拝放棄などの罪が対象とされる。
 判例に基づくとはいえ、裁判官が自身の裁量によって判断を下すので、事情に応じての柔軟性が期待できる。一方、厳罰を下すこともあり、財産没収や投獄、鞭打ちなどの程度が気になる。イスラム法そのものが「神からの法」として固定される傾向があり、人間の価値観の時代的な発展に逆行する危険性を伴う。それを避けるには、何らかの歯止めを設ける必要があろう。
 宗教的罪については、個人の信仰にゆだねる方が無難である。体罰などの刑罰を科すより、自発的な悔い改めなどに導くべきで、イスラム指導者による寛容で奥深い指導が必要とされる。
(2020年11月10日付 769号)