「光る君へ」

2024年2月10日付 808号

 NHKの大河ドラマ「光る君へ」では、当時の陰陽師の活動や怨霊信仰も描かれている。人間の知的営みの成果と言える科学は物事の因果関係を解くもので、その意味で陰陽道は当時の先端科学だった。病気の原因を悪霊とするのも同じで、五節の舞の途中で気を失った紫式部のために、僧と祈祷師が呼ばれていた。もっとも理性的な紫式部はそんなもの信じていない。
 紫式部が一番影響を受けたとされる『蜻蛉日記』の作者・藤原道綱母が2月4日の放映に登場した。権力の頂点を目指す藤原兼家の妻の一人で、知的でプライドが高いため、兼家の浮気が許せず、揺れ動く心の内を日記に綴ったものが、後に日記文学の最高峰ともされるようになった。内心の率直な吐露が、文学にまで進歩したのである。
 通い婚が一般的で権力欲旺盛な藤原兼家にとって複数の妻を持つのは当然で、当時は社会的にも非難されなかった。
 『源氏物語』は光源氏の恋のアバンチュールを描いた物語と思われがちだが、最後の「宇治十帖」まで読むと、人生の長い物語がテーマなのに気づく。そんな生き方をしていると、こうなりますよ、という。
 二人の貴公子から思いを寄せられたヒロイン浮舟は宇治川に身を投げるが、比叡山の僧に救われ、懇願して出家する。ところが貴公子から話を聞いた僧は、早まったと思い、浮舟に還俗を勧める。その僧のモデルは源信とされ、当時の浄土信仰にも紫式部は懐疑的だったことがうかがえる。宗教史的にも面白いドラマである。