シャーフィイー学派とハンバル学派
カイロで考えたイスラム(31)
在カイロ・ジャーナリスト 鈴木真吉
メディナの慣行を重視するマーリク学派と論理的なハナフィー学派を総合し、4つの法源を定め、法源学を確立したのが、シャーフィイー学派の創設者シャーフィイーだ。ハディースも、ムハンマドのハディースから得られる慣行に限り認めるとし、カリフらの言行を法源から排除した。個人的意見を排し、イスラム法解釈学を完成させたとされる。同派は、バーレーンやアラビア半島南部、東南アジア、東アフリカ、中央アジアに広まった。
4つの法源を定め、法源学を確立したことは、イスラム教徒にとって信仰の目安が定まり、安心して信仰生活を送れることになる。正しいかどうかは別にして、指針が決定された意味は大きい。
しかし、長所は短所でもあり、4大法源を定めたことで、結果的に個人的な意見を排除し、柔軟性が削がれたことになる。第2法源としてのスンナを、ムハンマドのハディースから得られる慣行に限定したことも、解釈や判断を狭め、イジュマーを「広くある一時代の学者全部の一致した意見」としたことにより、解釈や判断を狭める結果を招来した。これは、時代によって解釈が変わりうる可能性を排除し、解釈の固定化につながる。
もう1つの短所は、ハナフィー学派やマーリク学派と比較して、啓示的法源を重視するため、地域の慣習に依拠する割合が低く、柔軟性に欠けることである。
ハンバル学派
ハンバル学派は、コーランとハディースのみを有効な法源とする厳格・保守的な学派で、個人的見解に依拠するハナフィー学派を批判する。世界はコーランとハディースの世界に戻るべきだとも主張し、2つの法源以外を認めないことから、アッバース朝第7・第8カリフ時代の支配集団と対立し、多くの教徒が投獄され獄死した。
同学派は、世の中が一番正しかったのはムハンマドが生きていた6世紀の頃で、時代を経れば経るほど退化したとする。18世紀アラビア半島に興ったワッハーブ派に受容され、サウジアラビアで広まった。同国の国家目標は、「世界を7世紀に引き戻す」ことにある。
現在は、その流れを国際テロ組織「アルカイダ」と過激派組織「イスラム国(IS)」が引き継いでいる。エジプトで生まれ、全世界に支部を持つ「ムスリム同胞団」も穏健派を装っているが、基本的な理念を引き継ぎ、「全世界イスラム化」を標榜している。イスラム過激派の95%以上はハンバル学派の出身だとする学者もいる。彼らは「タウヒード(神の唯一性)」を主張し、コーランは神の啓示であると主張する。
ハンバル学派の長所は、法源をコーランとハディースに限定させることにより、イスラム教の原点を、預言者及び初期カリフの時代に定め、イスラム教の原点化・単純化を推し進めたことだろう。学問や知識のない人にも、イスラム教の原点をわかりやすく理解させる効果もあった。
それは短所にもなりうるわけで、解釈の幅が限定され、自由な解釈が許されず、固定化されることにより、現実への対応が窮屈になる傾向がある。解釈の固定化や言葉への固執は、時代の進歩や発展に対処できず、時代錯誤的な判断をし、硬直した思考が幅を利かせるようになる。コーランやハディースの章句を文字通り当てはめようとする傾向を生み、融通の利かない判断がなされる可能性が高い。1400年も前の時代を理想化することにより、人間の心や思想の発展や進歩が無視され、時代錯誤的な価値観が幅を利かす恐れもある。
現在、世界中に問題を惹起しているイスラム過激派の思考形式は、男尊女卑、性奴隷、極端な残虐刑、歴史的遺物の破壊、脅迫、異教徒の虐殺、自爆の強要、人権無視、他宗教無視、独善・排他思考が強い。彼らはイスラム国家の創建、ひいては全世界イスラム化を目指し、全イスラム教徒に聖戦に参加するよう呼びかけている。
4大法学派の主張を概観すると、イスラム法の法典の何を重視するかで意見は分かれるものの、イスラム法により裁き裁かれる原則は同じで、イスラム法以外に論拠を求める姿勢は、最も寛容で近代的な学派とされるハナフィー学派でも限界がある。
世界にはいろいろな宗教があるので、イスラム教がイスラム法に固執する限り宗教宗派間の戦いは終わり得ない。イスラム教も将来を展望し、イスラム法を超え、人類的な観点に立つ法を検討してはどうか。イスラム教徒や指導者がもう少し寛容になり、他宗教も尊重し、耳を傾け、共存する方向に進むべきだろう。
(2020年10月10日付 768号)