旧式医療と白人患者だけへの往診

連載・シュヴァイツアーの気づきと実践(21)
帝塚山学院大学名誉教授 川上 与志夫

 医療活動の問題5:20世紀の半ばは、日常生活が大きく変換した時期であった。あらゆる面での電気器具の進歩や発展が、生活を格段に便利にしたのである。医療面でも手術器具やレントゲン設備などの精密機器が導入された。最先端医療の技術を身につけた医師は、不可能を可能に近づけるほどだった。病院も新進医療に対応できるように、建て替えられていった。
 ところがシュヴァイツァー病院では、旧式の器具や機器を使いつづけていた。なぜ最新のものを使わないのか。そうすれば、もっと効率よく、よい治療ができるのに……。実にもっともらしい批判であり、非難である。シュヴァイツァーは頑として旧式にこだわった。
 費用の節約がその一因であったかもしれない。医学生時代から使い慣れた器具で、十分な治療ができるとの自信があったのかもしれない。しかし、主な理由は当時のアフリカの生活実情にあった。ごく一部の人を除いてアフリカ原住民は、その頃まだかなり原始的な生活を送っていたのである。彼らにとってシュヴァイツァー病院の設備や治療は、かなり斬新なものであった。シュヴァイツァーは、金持ちしか受けられない治療ではなく、庶民が納得のいく治療にこだわったのである。1940─50年ごろのアフリカの実情を知れば、納得のいくやり方といえないだろうか。これを現地人差別と捉えることもできるが、はたしてそう言い切れるだけの理解を批判者はしていただろうか。われわれは現象の背後を見なくてはならない。
 医療活動の問題6:アフリカ人の患者は100キロ、200キロの遠くからカヌーに乗ってやってくる。それなのにシュヴァイツァーは、遠近に関係なくフランス人宣教師の患者のところへは往診に行く。これは明らかな差別ではないか。
 一見すると、なるほどと思われる。多くの黒人患者を放っておいて、ひとりの白人のために蒸気船に乗って往診に行くとは……。これはいささか考えさせられる行為である。この背後には何があるのだろう。
 先進国では医者の往診は通常の行為である。当時のアフリカには、同族部族間では呪術師の往診があったが、他部族への往診はなかった。往診は一般的ではなかったのである。シュヴァイツァーはまず黒人患者たちの病状を考慮し、急を要する病人の手当てをしてから白人患者のもとへ向かった。年に1、2度あるか無いかの出来事である。これは筆者の想像であるが、シュヴァイツァーは白人を訪れることに喜びを感じていたのではないだろうか。はじめの頃、この地方にはシュヴァイツァーしか医師はいなかった。往診に行けばフランス語で話ができる。これは彼にとって、一時の安らぎであったはずだ。しかも、蒸気船に乗っている間は、ゆったりした気分で考え事ができる。これは間違いなく憩いのひとときであったと思われる。
 病院は忙しく、ゆっくり休むことができない。アフリカで医療活動を始めて2年目、シュヴァイツァー夫人が健康を害し、夫妻は海辺で療養していた。そのとき200キロも離れた地で奉仕していた宣教師が倒れ、蒸気船で往診した。その帰り、船上でぼんやり考えている時に、シュヴァイツァーの中心思想「生命への畏敬」がひらめいたのである。
(2021年3月10日付 773号)

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