日本仏教教育学会第26回学術大会

「実践と理念」など議論/栃木県足利市

佐藤達全育英短期大学教授
佐藤達全育英短期大学教授

 十二月二日、栃木県足利市の足利市生涯学習センターで日本仏教教育学会第二十六回学術大会が開催された。前半は「仏教教育の実践と理念」、後半は「仏教と教育の接点」をテーマに研究発表が行われ、活発な質疑応答と議論が交わされた。
 矢島道彦会長(駒澤大学特任教授)の開会の挨拶の後、足利市教育委員会の大澤伸啓課長が挨拶をし、新元号に対する期待を述べた。「天皇陛下のご退位の時期が決定し、新しい元号が話題になるだろう。現在の元号の『平成』は足利学校の書物『尚書正義(しょうしょせいぎ)の一節、「地平らかに天なり」からとられたものだ。『昭和』の元号も『尚書正義』から、『明治』『大正』の元号は『周易注疏(しゅうえきちゅうそ)』からと、明治以降の元号はすべて足利学校所蔵の書籍から取られている。足利市民は新しい元号もまた足利学校の書物から出ることをひそかに願っている」
 午前の仏教教育の実践と理念の部が始まった。山口弘江・駒澤大学専任講師は「仏教学における漢文教育について」と題し、仏教を学ぶ学生に対する漢文教育の取り組みについて説明した。
 「昨今は義務教育で漢文に割かれる時間が減り、幼いころから漢文に慣れ親しんでいた時代から状況は一変している。仏教学の門を叩く大学生の多くは、基本的な文法や漢字に対する知識が備わっていないまま、難解な漢訳仏典を目にすることで、読むどころか興味すら失う。既存の仏教漢文の習得方法は、漢文そのものを学ぶことを目的として編集されたものではないので、教える側に漢文に対する相当の知識がなければ学生に文法的な知識を身に付けさせることは不可能だ。『入門』と呼ぶにはハードルの高い専門的な文法の解説となっているものもある。駒澤大学では平成二十年から『仏教漢文入門』という科目を一年次の必修とし、漢文基礎力の向上、仏教漢文の導入を行っている。そこではオリジナルのテキストを作成し、内容が平易で、文法的に重要な語法が含まれる部分を抜粋し、講読文を選んでいる。また、講読文は旧字体(正字体)を用いている。これは仏典のテキストでは旧字が多用されているのと、東アジア文化圏において共通言語となるのは正字体の漢字だからである
 岡村直樹・東京基督教大学大学院教授の発表の後、駒井美智子・常葉大学教授は「授業の活性化を目指して│ロールプレイを導入した授業の事例」と題し、授業にロールプレイを入れる意義を自身の経験を交えながら述べた。
 「将来の保育者にとって必要なものは、①プレゼンテーション能力②コミュニケーション能力③ネゴシエーション能力である。それを私は目標に挙げて授業に臨んだ。教える側には管理、支援と過剰支援を抑える努力、また教員側の一体化も必要だ。学生に対して教員は良いモデルでなければならず、はつらつとして爽やかに生活することが学生たちの手本になる。双方型の学習を取り入れ、スマホを使って、今どのくらいクレームが出ているのかをリサーチさせた。グループ学習をするときも、自主的、主体的、意欲的にするようにと言った。また、三人が父兄、三人が保育者というロールプレイも行った。学習が実体験での経験になったので、学生が楽しいと思うようになり、寝ていたり、スマホをいじっているという子が一人もいなくなった。これによって、学生たちが受動性から能動性へ移行し、保育教育に対する学生たちの能動性が向上し、授業が活性化した」
 鈴木一男・千葉県立沼南高等学校教諭、渡邊雄一・京都華頂大学講師、平田天石・山形大学名誉教授の研究発表が続けて行われた。
 午後、仏教と教育の接点の部になり、佐藤達全・育英短期大学教授は幼児期の学びにおける身体活動の重要性を「身心一如を忘れた現代社会と仏教教育―身体活動の持つ意味を中心に」と題して発表した。
 「『幼稚園教育要綱』や『保育所保育指針』には〈味わう・体験する・養う・関心を持つ・楽しむ〉といった表現が用いられているにも関わらず、現在の教育の現場では、少しでも多くのことを『教え込もう』としているのではないかと思われる。残念なことに現代の日本では『学』に重点が置かれすぎているために、弊害が様々な所に現れている。塾に通う子供は多くなったが、家を手伝う子供は少なくなった。そのまま育ってしまった学生たちはある意味でいまの社会の被害者である。子供は何かをしてみようという意欲に満ちている。どうしたら良いだろうと盛んに考えている。他人から指示されてではなく、自分から夢中になって行動しているときの真剣さが重要なのである。うまくいってもいかなくても子供は大きな感動を得るはずである。仏教は〈いのち〉についての真理の教えである。仏教保育を実践する際に忘れてはならないことは、身体と心は一体的に活動しているという大原則である。『中道』や『作務』を重視する仏教の教えこそ、現代の教育や保育が学ばなければならない事柄だ」
 村島義彦・池坊短期大学教授の発表の後、最後の総括質疑の場で質問、コメントとそれに対する返答の活発なやり取りがなされ、白熱した議論が展開された。
 次に会員総会の場が持たれた後、一同が史跡足利学校を見学した。足利学校では史跡足利学校研究員の市橋一郎氏が日本遺産・足利学校の歴史と現在について、元神奈川県立金沢文庫長の高橋秀榮氏は金沢文庫に残る資料等を参照しながら、中世の僧侶の学問と教育・鎌倉時代の僧侶の聖教書写活動について解説した。
 史跡足利学校は日本最古の学校。大正十年に国の史跡に指定され、平成二十七年には文化庁により、日本遺産に指定された。足利学校の創建については、いくつかの説があるが、確かなことはわかっていない。歴史が明らかになるのは室町時代で、関東管領の上杉憲実は永享十一年(一四三九)に衰退していた学校を再建し、学則や庠主(校長先生)を定め、五経疏本を寄進し学領を定めた。天文十八年(一五四九)には、フランシスコ・ザビエルが足利学校を「日本国中最も大にして最も有名な坂東の大学」と西洋に紹介し、また江戸時代には「学徒が三千人」と言われるほどにまで発展した。江戸の末期には「坂東の大学」の役割を終え、明治五年(一八七二)にその幕をおろした。
(2020年1月5・20日付729号)