新年のご挨拶
2023年1月10日付 795号 本紙代表 石丸志信
令和5年癸卯の年を迎え、謹んで新年のお慶びを申し上げます。
昨年中は格別のご高配を賜り、心より御礼申し上げます。「戦」の一字に象徴される一年が幕を閉じ、新たな年の幕が開けました。年頭に当たり、国と世界の行く末を見つめながら皆様は、どのような祈りを捧げられたでしょうか。
古代イスラエルの知恵を記した書にはこうあります。「幻がなければ民は堕落する。教えを守る者は幸いである」(箴言29:18)。「幻」は幻影や妄想ではなく「ビジョン」。国家にとって明確なビジョンがなければ国民は方向性を見失い社会が混乱することを戒めています。国家のみならず、個人や家庭、地域共同体においても同様です。
宗教伝統が示す人生観や世界観、歴史観こそがここでいうビジョンではないでしょうか。親から子へ孫へと綿々と受け継がれた信仰の伝統は、人々を幸福な人生に導くだけでなく共同体の成長と国家の繁栄をもたらすビジョンだとも言えます。共通のビジョンを共有する信仰共同体は今や国境を越えて世界に広がっています。
1979年に松下正寿元立教大学総長を社主に迎え創刊した弊紙は、来るべき宗教連合時代の到来を予見し、宗派教派を超えた総合的な視点で宗教の相互協力と霊性の興隆に資する情報発信を行ってきました。国内外の人々が平和と幸福を享受するためには、宗教の一致協力が何よりも重要だと受け止めてきたからです。そのために、各々の伝統を尊重することから始め、各宗教の相違点よりも共通点に目を向けてきました。宗教間の対話促進、相互理解を願い、スキャンダルを暴くことや他の伝統を軽視し非難する姿勢を取らないよう努めてきました。
パレスチナ人医師アブエライシュ氏は、イスラエルの空爆で自宅を破壊され娘ら親族を失いました。悲しみのどん底の中で叫ぶ心の声は「それでも、私は憎まない」でした。いつか娘と再会するときに喜んでくれる人生を生きようと慈善活動を始めたのです。イスラームの信仰を持つ医師は言いました。「恨み憎しみの言葉は毒だ。病気の治療と健康回復を使命とする医師が人々に毒は盛りたくはない」。
彼のことばがよみがえる一年の始まりです。キング牧師もこう言いました。
「憎しみに対して憎しみを返せば、憎しみが増し、すでに星の消えた夜にさらに深い闇を加えることになる。闇が闇を追い払うことはできず、それができるのは光だけだ。憎しみが憎しみを追い払うことはできず、それができるのは愛だけなのだ」。
暗闇の中で恐れ惑う人々に、愛と慈しみの灯火を灯し光の輪を広げてこの世を明るく照らしていきたいものです。ひとりひとりの尊厳が守られ、誰もが自由と幸福と平和を享受できる世界になるまで。
「癸卯」は、つぼみが膨らみ春の訪れを知らせるように、閉ざされていた門が開き、鳥たちが自由の天地に羽ばたいていく様子を表すとも言われます。ユダヤの歌人が詠んだ歌の一節です。「ほら、冬は去り、雨季は過ぎ行きました。花々が地に現れ、さえずりの季節がやって来ました。山鳩の声が私たちの地に聞こえます。いちじくの実は熟し、ぶどうの花は香りを放ちます。恋人よ、立ち上がって来なさい。美しい人よ、さあ来なさい」(雅歌2:11─13)。
愛の歌に託した喜びの訪れ。悠久の歴史の流れの中で世の人々が等しく尊厳を保ちながら、そのような時を迎えることができるようにと願う一年の初めです。皆様のご多幸を祈りつつ挨拶に代えさせていただきます。