「ともいきのきずな」を地域から

2023年2月10日付 796号

 ロシアのプーチン大統領は第二次大戦中、ナチスドイツとの激戦地となったボルゴグラード(旧スターリングラード)で2月2日開かれた、旧ソ連軍の勝利から80年目の記念式典での演説で、ウクライナへの侵攻がナチズムとの戦いであると再論し、西側の戦車供与には対抗手段を講じる、と語った。
 他方、中国では昨年10月の共産党全国代表大会で習近平主席は、毛沢東時代の教訓から集団指導体制と最高指導者の定年制を導入した鄧小平の改革を無視して3期目の続投を決め、台湾侵攻をうかがわせる人事を断行した。習氏が毛沢東を超えるには台湾併合しかないからだ、というのが識者の見方。
 世界の二大懸念国の指導者は、共に一人独裁の傾向を強めながら、古い時代の観念に縛られている。

環境革命の時代
 地球規模の気象観測や生態調査、歴史的な統計データの集積で、人類は取り返しのきかないような環境危機に直面していることが明らかになった。もはや戦争しているような場合ではなく、限られた資源・食糧・エネルギーの開発・生産・分配・消費に、国を超えて協力することが求められている。このような時代に宗教者は何を発信すべきだろうか。
 科学史家で比較文明史家の伊東俊太郎東大名誉教授は近著『人類史の精神革命』(中公選書)で、現在を、人類革命、農業革命、都市革命、精神革命、科学革命に次ぐ環境革命の時代と見ている。ヤスパースが「軸の時代」と呼んだ精神革命が、ギリシア哲学の善、儒教の仁、仏教の慈悲、キリスト教の愛と、いずれも他者への「横の超越」を目指すものだったが、環境革命は自然も対象に入れるとする。コロナ禍は、まさに自然との付き合い方を問い直すものだった。
 伊東氏は、かつての精神革命は縦への超越を横に展開したが、むしろ横への超越のほうが重要で、キリスト教での神や仏教での無への垂直超越は、水平超越を可能にするために二次的に求められたものだとする。そして、科学と宗教の融合により、横への超越を根源とする「宇宙連関」を提起している。
 近年のいわゆる超進化論では、植物も根やそれを取り巻く地中の糸状菌、葉や花から発散する化学物質で多彩なコミュニケーションを周囲の動植物と取り合い、競争よりも共生によって命をつないでいる事実が明らかになり、その意味でダーウィンを超えた。
 人が自然にかかわる営みの最大なのが一次産業で、そこでも見直しが進んでいる。一説によると、大気中に二酸化炭素が増えた最大の原因は農業で、土壌中には1兆7000億トンのカーボンが蓄えられていたが、既に4500億トンのカーボンが失われており、それは化石燃料の消費による排出量2700億トンより多い。植物に固定されているカーボンは5750億トンだが、大気中には9000億トンものカーボンがあり、それを再び土壌に戻すには有機農業が一番論理的だという。
 こうした知見から、EUは川上から川下までの「農場から食卓戦略」で農地の25%を有機農業に転換する目標を掲げ、既に8・5%を達成したという。デンマークでは有機農産物のシェアが12%を占め、ベビーフードではオーガニックが主流になっている。それに対して日本の有機農業は0・5%にすぎない。
 心理学では1996年、イタリアにあるパルマ大学でミラーニューロンが発見されて以来、「社会脳」が重要な研究対象になっている。それは、自己が他者の脳内でどのように表現されているかなど、両者がかかわる複雑な情報処理を担う脳細胞で、コミュニケーションを介して社会生活を営む人間にとって、仲間との協調や共感を保ち、相手の言動や視線から意図を予測し、危険を避ける能力は社会適応において非常に重要である。
 スマホなどIT技術の個人化により、そのための利便性は高まっているが、一方的な情報により集団的な暴走を招く危険も世界的に出ている。

日本から世界へ発信
 伊東氏は、環境革命の時代のキーワードとして、神道的な「ともいきのきずな」を提唱している。宗教史的に言えば、縄文時代からの日本人の自然観が、大乗仏教の慈悲や利他の教えに共鳴し、言語化されたもので、インドや中国を経て日本に到達した仏教が、日本的風土の中で変容・発展したと言えよう。
 農水省は農林水産業の生産力向上と持続性の両立を目指し、上述のEUをモデルに、国連が進めるSDGsに似た「みどりの食料システム戦略」に取り組んでいる。新しい時代にふさわしく地域が進化してこそ、それが世界にも展開されよう。歴史・文化が育んだ心性に基づく生き方を踏まえた地域の在り方として、日本から世界に発信したい。

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