日本の当たり前を世界へ
2019年11月10日付 757号
世界最大級のアメリカの動画配信サービス「ネットフリックス」で、今年1月から放映されている番組「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」が大ヒットし、人気を高めているのが片付けコンサルタントの近藤麻理恵さん。2010年末に出した『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)が100万部を超えるミリオンセラーになり、14年に英訳本が米国でもヒットしたことから、活動拠点をロサンゼルスに移している。
近藤さんは雑誌TIMEの「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれ、ワシントン・ポスト紙は「買いすぎ、ため込みすぎという現象についての国民的な議論の口火を切った」と評している。シンプルライフを目指すミニマミストの風潮にも合い、日本人なら当たり前のことが、アメリカ人を感動させているという。
これからの生き方
上述の番組は、家にモノがあふれて散らかる家族を近藤さんが訪れ、片づけ法を指導し、家と家族を再生に導くという一話完結型シリーズ。背景にあるのがアメリカの飽食・物質文化で、あふれるモノに束縛され、人々が不機嫌になっている。そこに小柄で可愛い近藤さんが「ハロー!」と言って現れ、一緒に片づけをすると、家はみるみるきれいになり、住民も笑顔を取り戻していく。片付けのメソッドだけでなく、その先にある生き方のチェンジを指南するのが特徴で、人気の秘密であろう。
近藤さんが著書で「捨てられない原因を突き詰めていくと、じつは二つしかありません。それは『過去に対する執着』と『未来に対する不安』」と言うのは、仏教が教える「今に生きよ」、神道の「中今(なかいま)」の思想と同じである。
基本にあるのはモノとの対話で、「すべてのモノは、あなたの役に立ちたいと思っています。モノは、捨てられて形がなくなったとしても『あなたの役に立ちたい』というエネルギーは残ります」と言う。だから、要らなくなったモノは「ありがとう」と言って手放す。それを彼女は「家を出ていくモノたちの門出を祝うお祭り」と言い、だから作業着ではなくフォーマルな服装で現れる。
残すか捨てるかの基準は「ときめく」かどうか。ときめかないものは、その役割を終えたので手放す。ひと目で何がどこにあるかわかるようにし、大きく何をどこに置くか一カ所に決めると、人の動線が決まってくるので、そこから「ときめき」で判断していく。モノにも心を見るのは、縄文時代からのアニミズム的な日本人の心性だが、それが一神教の影響が強い欧米人にも受け入れられているのが興味深い。
脳科学者の茂木健一郎さんは『なぜ日本の当たり前に世界は熱狂するのか』(角川新書)で、「物に精神性を求める発想は、八百万の神の世界観に極めて近いものがあり、片付けを理論的な作業として捉える外国人にとっては新鮮なものだったにちがいない。またそうした哲学は、物を捨てられない、片付けられないことに悩み苦しみ、自らを責める人々の救いにもなっている」と述べる。
浄土真宗の若い僧侶・松本紹圭さんは『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカバートゥエンティワン)が15カ国語に翻訳されたとき、英国の記者から「他人に任せてはいけないのか」と聞かれ、「掃除は修行です。あなたは坐禅や瞑想を誰かにお金を払ってしてもらいますか」と答え、納得させたという。日本の小中学校では、生徒が教室や校庭を掃除をするのは当たり前だが、海外では掃除は人に任せるのが一般的。掃除を修行にまで高めたのは、神道をベースに日本化した仏教の影響が大きい。
天皇陛下の歌碑
瀬戸内国際芸術祭が開かれている香川県丸亀市の本島を訪ねると、塩飽勤番所跡の庭に皇太子時代の天皇陛下の歌碑があった。学習院大学時代、瀬戸内海の海運の研究で訪れられた記念である。水問題をライフワークとされた陛下は、世界水フォーラムの名誉総裁を務めるなど、ご自身の考えを世界に発信されている。そこに令和時代の天皇の新しい在り方を見ることができよう。
日本人としての当たり前を大切に継承、学習しながら、地球環境問題が人類的な課題になった時代に、一人ひとりが日本からの提案をすることのできる国民になりたいと思う。