生き方考える「心と命のフォーラム」

人と比べないで生きるには/総本山善通寺

善通寺で開かれたフォーラム

 「生きる作法・死ぬ作法」と題し毎秋、香川県善通寺市の総本山善通寺(菅智潤管長、法主)で開催している「心と命のフォーラム」の第14回が9月20日、菅智潤管長、解剖学者の養老孟司氏、精神科医の香山リカ氏、浄土真宗本願寺派称讃寺住職の瑞田(たまだ)信弘師のメンバーで開催された。今回のテーマは、香山氏の著書の題でもある「比べずにはいられない症候群」。聴衆はそれぞれの発言に熱心に耳を傾けながら、自身の生き方について思いをめぐらせていた。
 同書で香山氏は、あの人は幸せそうなのに、自分は…、私の人生はこんなはずじゃなかった、と自分にないものを他人が持っているように見え、みじめ、悔しい、私はダメの感情や、嫉妬している自分への嫌悪感という負のスパイラルに陥りやすい状況を分析し、恋愛・結婚、子ども、友人・親子関係、お金、仕事、運の強さなどなど、日常でのさまざまな「比べあい」を考察し、周りの雰囲気や他人の基準に振り回されずに、いろいろな視点から考えてみると、気持ちが楽になると提案している。
 比べあいは、スマホの普及によるSNSの発達で加速され、今や世界中の人が比較の対象になっているほど。一方で匿名による非難・中傷が横行するなど過激化する情報空間で、どうやって心の安定を保ち、自分らしく生きるかが問われている。それは宗教の課題でもあり、二人の仏教僧と医師による語り合いに聴衆は興味津々の様子だった。
 最初は登壇者が自己紹介を交え発言。菅師は「コロナ禍で参拝者が激減し、一時は納経所の閉鎖も考えたほどだが、少しずつ回復してきている。来年は弘法大師生誕1250年の記念すべき年なので、いろいろな事業を計画している」と、札幌生まれの香山氏は、オンラインの授業が増えたことから立教大学を非常勤にし、へき地医療に貢献したいと、北海道むかわ町にある診療所の勤務医になったことを報告。「映画のセットのような豊かな自然の中で町民の多くを占める高齢者が自給自足的に暮らしているが、若者たちは都会と同じような心の状況にあり心配だ」と語った。
 人間のことより虫に関心がある養老氏は「世界中で虫の数が8〜9割減っているのが心配。南北アメリカを渡り鳥のように移動するチョウのオオカバマダラは、1990年代には200万匹観察されていたのが、2018年には3万匹になった」と。さらに、「もっと心配なのは2038年には起こると予測されている南海トラフ地震で、今からどう復興するか考えておかないといけない」と語った。また、ウクライナ戦争にも触れ、「災害や戦争は日常を壊すもの。もっと日常を大切にするようにしたい」と話を進めた。
 香山氏は「人と比べて悩むのは人間くらいで、ネコはそんなことしない。3・11の直後は、おにぎりだけで幸せと言っていた人が、それが続くと不満を漏らすようになる。これが人間の業かもしれない」と。瑞田師は「釈迦はこの世は苦で、その原因は煩悩にあるとし、煩悩をなくす道を説いた。私たちは自分の心をもっとよく知ることで、人のことも分かるようになる。そうすれば、比べて落ち込むこともなくなるのでは」と応えた。
 菅師は「お遍路さんが白衣なのは、誰もが平等だから。同行二人はそんな私がお大師さんと一緒に歩いているという意味。真言宗は宗派意識が低く、どんな宗派の人も寛容に受け入れる。自坊近くの畑で野菜作りを始めたが、これからの時代を考えると、食糧やエネルギーを最小限に抑える生き方を目指すべきだろう」と語った。
 「へき地の診療活動で人に感謝される喜びを味わった。人に貶められることもあるが、救われることもある」と言う香山氏に、瑞田師は「人との距離感が大事なのではないか。心の取り扱いを説いてきたのが伝統仏教で、心を平常に保てば、人に影響されるようなことはない。不安を煽られることが多い現代社会で、仏教を見直してほしい」と語った。