ウイルスが存在する意味

 2020年4月10日付 762号

 新型コロナウイルスの感染で世界が一瞬にして変わってしまったようなここ数か月である。刻々の情報に驚かされながら、ふと考えるのは、ウイルスは何のために人に感染するのか、感染して人がいなくなってしまうと自身も滅んでしまうことを知っているのだろうか、という疑問である。もちろん、そんなことを考えるのは人間だけだが。
 長崎大学熱帯医学研究所教授の山本太郎氏は、感染症が発生するたびに研究者はウイルスの特性を調べ、原因を突き止めようとしてきたが、最近、それは逆ではないかと考えるようになったとして、「流行するウイルスを選び出し、パンデミックへと性格づけるのは、その時々の社会の在り方ではないか」(読売新聞3月29日付、「文明が生む感染症」)と言う。つまり、グローバル化がパンデミックの格好の揺りかごになったのであると。

ウイルス進化説
 1980年代に「ウイルス進化説」が話題になったことがある。医学者の中原英臣・新渡戸文化短期大学名誉教授と科学評論家の佐川峻氏が主張したもので、ウイルスによって運ばれた遺伝子がある生物の遺伝子の中に入り込み、変化させることによって進化が起きるというもの。つまり、「進化はウイルスによる伝染病」との説である。進化生物学の専門家からはトンデモ科学の一つのように無視されたが、ウイルスの特徴をよく捉えている。
 ウイルスはタンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなり、生命の最小単位である細胞やその生体膜である細胞膜も持たないので、自己増殖することができないため、生物ではないとされている。
 もっとも、ウイルスは30億年前には存在していたと考えられているから、700万年前の猿人、20万年前のホモ・サピエンスよりはるかに先輩である。寄生先はあらゆる生物で、それによって生物を変化、進化させてきたと考えるのも不思議ではない。
 ウイルスが感染して増殖すると、宿主細胞が本来自分自身のために産生・利用していたエネルギーや、アミノ酸などの栄養源がウイルスの粒子複製のために奪われるので、宿主細胞は抗体を作って抵抗しようとする。その戦いに敗れると人は発病し、ついには死んでしまうが、勝つとより強靭な生物になる。人類の歴史は感染症との戦いだと言われるが、ウイルスとの攻防戦を繰り返してきたのは人類だけではない。
 山本教授は「ただ、悪いことだけではありません。ひとたび感染すると、人間には抵抗力がつきます」として、「性質が似た新たなウイルスへの防波堤のひとつにもなります。それが社会が集団としての免疫を持つということです」と述べている。そして「これからはウイルスとの戦いであると同時に情報との戦いです」(同前掲)と結論付けている。フェイクニュースの氾濫はウイルスより深刻だからである。
 確かにウイルスは情報と似ている。人類が繁栄してきたのは、情報によって自身を進化させてきたからである。例えば、驚くほどの食の多様性も、人がおいしそうに食べているのを見て、その情報に共感し、次々に新しい食を開拓してきたからだという。
 私たちの日常を振り返っても、情報なしには生きられない。情報によって自分を、自分の生き方を変えながら、命を長らえているのである。人に寄生して、宿主の栄養とエネルギーを使って自己増殖し、グローバルメディアのSNSなどで拡散し、感染させるのも、ウイルスに似ている。

渋沢栄一の人間力
 来年の大河ドラマの主人公は「日本資本主義の父」とされる渋沢栄一である。渋沢が資本主義に目覚めたのは1867年、徳川慶喜の弟昭武の随員として、パリ万博が開かれているフランスを訪れたのがきっかけ。彼以外にも多くの日本人が訪仏したのだが、資本主義の仕組みを発見し、それを日本に導入したのは渋沢だけである。なぜ、彼だけにそれができたのか。
 山本七平は、渋沢の素養に加え『論語』などの人間教育がそれを可能にしたという。人間の能力を発展させ、社会の富を増やすにはどうすればいいか、考え続けていたから、フランスの経済の仕組みにそれを発見した。彼の思想が「儒教と算盤」と言われるゆえんである。何があろうと人間の本質を学び、免疫力と人間力を高めたい。

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