嵯峨天皇ゆかりの京都大覚寺

連載・京都宗教散歩(38)
ジャーナリスト 竹谷文男

大沢池に映る観月の夕べ

満月のもと、大沢池を進む龍頭船(嵯峨野大覚寺で)

 中秋の名月に当たる秋の3日間、京都市右京区嵯峨野の大覚寺では、「観月の夕べ」が催される。この観月の夕べは平安時代、第52代嵯峨天皇(786年〈延暦5〉~842年〈承和9〉)が同寺の東に広がる大沢池で、貴族らと月を愛でられた故事にちなむ。大覚寺の大沢池は、奈良興福寺の猿沢池、大津石山寺と共に日本三大名月観賞の地といわれる。
 午後6時過ぎ、池の東側に茂る木立の上に、暗くなりきらない群青の空を背に薄いオレンジ色の月が上ると、人々から歓声が上がった。池に張り出した特設の桟橋には供物が供えられ、僧侶たちによる読経の声が朗々と響いた。
 月は、東の空をバラ色に染めながら、思いのほか速く空へと上り始め、次第にその姿を池にも映し出す。この期間、大覚寺の池は観月の夕べとして開放され、参拝者達は宙天の月と、秋の気配ただよう池に揺れる月とを楽しむことができる。
 池には2艘の屋形船が浮かべられ、月の光の中、船頭の棹でゆっくりと進む。読経の声は池に響きわたり、静けさをきわだたせる。屋形船には龍頭鷁首(げきしゅ)と呼ばれる龍や、架空の鳥である鷁(げき)が船首に特別に象(かたど)って装飾されている。龍頭船と鷁首船とは交互に岸を離れて、回遊する。船には雅楽員も乗り込む。池の周囲や堂の上の参拝者は、読経や雅楽を聞きながら、平安時代さながらの龍頭船、鷁首船を楽しむことができた。
 大沢池は大覚寺の東に広がり、北嵯峨の山なみを借景として堂塔を映す景観が有名である。大沢池は嵯峨天皇の離宮の旧苑池で、中国の洞庭湖を模して造られ、日本最古の人工の庭池である。池には菊ヶ島、天神湖、庭湖石などがあり、今も当時のままの姿である。嵯峨天皇がかつて菊ヶ島に咲く菊を手折って花瓶に挿されたのが、「いけばな嵯峨御流」の始まりで、生け花発祥の地と言われるゆえんである。
 嵯峨御流は、この菊ヶ島、天神島、そして庭湖石を加えた「二島一石」をふまえた「景色いけ」と呼ばれている。生命の根源である水が自然の中の流れに沿って景観を形づくる姿、すなわち「深山の景」、「森林の景」、「野辺の景」、「池水の景」、「沼沢の景」、「河川の景」、そして「海浜の景」の「七景」として表す。

観月の夕べを楽しむ参拝者(大覚寺で)


 大覚寺は、真言宗大覚寺派の大本山で、山号は嵯峨山、本尊は不動明王を中心とする五大明王である。嵯峨天皇の離宮を寺に改めた皇室ゆかりの寺院で、後宇多法皇(第91代天皇 1267年〈文永4〉~1324年〈元亨4〉)が院政を行うなど、日本の政治史に深い関わりをもつ。嵯峨天皇を流祖と仰ぐ華道嵯峨御流の総司所(家元)でもある。

(2025年11月10日付 829号)