近江神宮「かるた開きの儀」
連載・京都宗教散歩(39)
ジャーナリスト 竹谷文男
天智天皇にちなむ巡礼ツアーも

新春恒例の「かるた開きの儀」が1月12日朝、近江神宮(滋賀県大津市、網谷道弘宮司)の神楽殿で斎行された。これは、競技かるたの始まりを告げる同神宮の神事で、神職が読師を勤めて小倉百人一首の巻頭歌を朗誦し、采女装束(うねめしょうぞく)をまとった4人の巫女が取姫となってかるたを取る。近江神宮が天智天皇を主祭神として祀る神社であり、また小倉百人一首の巻頭歌が天智天皇の御歌であることに由来している。
この朝、おごそかな雰囲気の中、宮司、奉行、読師、取姫が近江神宮の神楽殿に参集し、修祓、献饌などの後、読師が天智天皇御製の巻頭歌「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」を神前で朗々と誦読。そして、網谷宮司が天下泰平とかるた祭の無事を祈って詔(みことのり)を読み上げた。
そして、奉行の合図で読師がかるたを読み上げ、4人の取姫が、ゆったりとした動きでかるたを取った。競技かるたの素早い動きとは異なり、宮中で親しまれてきたかるた遊びを思わせる優雅な所作だった。天智天皇の御歌の他、蝉丸法師の「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂(あふさか)の関」などの近江歌が詠み上げられ、参拝者は神事として斎行されるかるた開きの儀に見入っていた。
東京からこの神事を見るために来たイタリア人女性は、百人一首をテーマにしたアニメ「ちはやふる」に興味を持ち、法政大学で勉強しているという。「清浄な空気の中、歌に合わせて下の句が書かれたかるたを、取姫が優雅な所作でゆったりと手で払う一連の流れがとても美しく、感動しました」と感想を述べた。
かるた開きの儀の後、競技かるた日本一を決める「小倉百人一首競技かるた第75回高松宮杯近江神宮全国大会」が同神宮の勧学館で行われた。
同神宮の祭神である天智天皇は、大化の改新(645年)を主導し、白村江の戦い(663年)に2万7千人の軍勢を派遣、戦後は大津京に都を移して(667年)、律令制の導入を始め古代日本の確立に大きな貢献をした。近江神宮は古代史、特に朝鮮半島と関わる歴史を実地に学べる貴重な場としても見学者が絶えない。
この日、大阪、島根、京都、それに地元の滋賀からなる「日韓和合のための歴史研究会」の会員約20人が参拝に訪れ、同神宮の祝詞を受け、境内および「時計館宝物館」などを見学した。
境内には日時計が置かれ、時刻を示す大理石の円盤には、天智天皇ゆかりの地名、方角、距離が彫りこまれている。特に西の方角には「白村江 830Km」と銘記されている。また、「黒川村 460Km」と彫りこまれているのは、天智天皇が即位した時(668年)、現在の新潟県黒川村で石炭と石油が発見されて〝燃土、燃水〟として献上されたことに由来している。同会員たちはまた、百人一首の競技かるた全国大会も見学した。

最近では同会の様に、歴史的な神社仏閣を回りながら、そこでお祓いを受け祝詞を読み上げてもらい、あわせて祈りを捧げる一種の〝歴史探訪と巡礼〟を兼ねたツアーが広がっているようだ。
(2026年2月10日付 832号)


