3歳から聴き続けた音楽

連載・信仰者の肖像(13)
増子耕一

長田暁二(1930〜2024)

 

長田暁二

 

 「小さい秋みつけた」という童謡がある。サトウハチロー作詞、中田喜直作曲、ボニージャックスの歌唱でレコーディングされた。1962年に日本レコード大賞童謡賞を受賞。
 この歌をキングレコードでプロデュースしたのが長田暁二だった。企画制作したレコードの受賞は多数にのぼる。
 日本音楽文化研究者としても活躍し、童謡、民謡、軍歌、歌謡曲など、資料を収集し、著した本は500冊。
 長田暁二は1930年、岡山県笠岡市にある曹洞宗威徳寺に生まれた。暁二は小学校3年生の時に得度し、僧侶になるつもりだった。駒澤大学英米文学科に入学したのは仏典を英訳するため。
 53年、卒業後は音楽制作の道に進んだ。幼いときから音楽に親しんできたからだった。3歳の時に汽車の事故で入院し、退院後も痛みで泣いてばかりいた。父親が励ますために蓄音機を買ってくれた。暁二はそれで音楽を聴き、大好きになり、常磐津、義太夫、ジャズ、クラシックと、ジャンルを問わず親しんで過ごした。
 学生時代は児童教育部で部活をする一方、コロムビアでアルバイトをして、そのまま音楽の世界へ。制作会社はポリドール・レコード学芸部長、徳間音楽工業常務取締役、テイチクエンタテインメント顧問と歴任し、その後僧侶になろうと2度目の得度をした。が、音楽の道は変わらない。
 楽譜集を刊行するようになったのは58年からで、きっかけは企画物のLPを作ったこと。譜面がなくて苦労して探し、手書きで写したが、レコーディングが終わると歌手たちは放置して帰ってしまう。その貴重さを知っていたので集めた。
 人生の師匠はどなたですかと問うたことがあった。作曲家、遠藤実の名を挙げた。
 74年、キングレコードに在職中、長田は選挙のトラブルに巻き込まれて懲戒処分を受けた。相談したのが遠藤実だ。
 「君に奢りがあるから罰を受けたんだ。潔く受けなさい。人を恨むことはない。悪いことをしていなければ、会社も何か言ってくるだろう」
 そう言われて冷たい人だと思ったという。選挙が終わると会社から戻るように話があった。しかし経歴に汚点がついたので未来はないと思い、また遠藤のところへ。
 「ポリドールで学芸部を作りたいと言っていたので、話をつけておいたよ」と遠藤は言う。心配して次の仕事の手配をしてくれていたのだ。
 遠藤は生家が貧しく、学歴も中学校途中までで、音楽は独学。だが今や日本作曲家協会会長。長田はどうして頑張れたのかを尋ねた。
 「世の冷たさが師匠だ。冷たくされた時には、自分が悪いとか、試されているとか、何か因果関係がある。だから人を恨むことはない。温かいのはおまけだ」。
 長田の心に沁みた。
 印象に残る長田の著書の一冊は『戦争が残した歌』(全音楽譜出版社)。軍歌や軍国歌謡は明治維新から敗戦までたくさん作られるが、回顧されることがまれ。終戦70年目の2015年、「戦争」と「平和」を見つめ直そうと刊行した。
 日本人の戦争への感情の変化が表れていて、悲劇性が時代とともに色濃くなっていく。近代史を語る第一級の資料だ。


(2026年1月10日付 831号)