伝統の祭り 座間神社例大祭/神奈川県座間市
「平和な社会実現に努力を」

8月30日、神奈川県座間市の座間神社(山本俊昭宮司)で例大祭が斎行され、宮司、献幣使、祭員、氏子総代、責任役員、氏子崇敬者らが参列した。暑さが残る晴天のもと、こども囃子やカラオケ、ピアノ演奏と歌、抽選会などの神賑行事も催され、境内は多くの人で賑わった。
午前10時、大太鼓が鳴り響き、手水の儀、修祓の儀の後、宮司、献幣使、祭員ら一行が本殿に参進、所定の場所に着く。宮司一拝、開扉、献饌の儀、宮司が祝詞を奏上した。次に本庁幣を奉献、献幣使(柘植英満神奈川県神社庁理事、箱根神社権宮司)が祭詞を奉上。浦安の舞が巫女により奉奏され、続いて玉串奉奠が行われた。撤饌の儀、閉扉、宮司一拝。例大祭は滞りなく修められた。
直会では神宮遥拝、国歌斉唱、敬神生活の綱領唱和の後、山本宮司が挨拶。「昭和100年、終戦80年を迎える年に、各地域で色々なイベントが開催されている。忘れてはならないのは、今私達が享受している平和、そして豊かな生活は、多くの尊い犠牲の上に成り立っているということだ。二度と戦争の惨禍を繰り返さない社会の実現に向けて我々も努力していかなければならない」と述べた。総代長の瀬戸一孝氏は「稲刈りの時期を迎えるなか、今日の例大祭を楽しんでいただきたい」と語り、献幣使の柘植英満箱根神社権宮司は「山本宮司は神社庁の理事で、財務を担当され、私たちは大変お世話になっている。お父様である先代の宮司も箱根によくおいでになられていた」と謝意を示した。来賓の大塚さゆり衆院議員は「神道の精神は地域福祉への奉仕であり、先祖への感謝でもある」と述べ、大矢新一郎座間市議は地域貢献への決意を表明した。

座間神社の創祀は神代といわれているが、一つは第30代欽明天皇の御代(539〜571)に、坐摩郷(座間の古名)に悪疫が流行した。その折、飯綱権現の化身である白衣の老人が現れ、崖下の森の中に湧く清水を使うようにすすめたので、村人がそのすすめに従ったところ、悪疫はやんだ。そこで飯綱権現を祀ったといわれる。別の説(明治12年編成皇国地誌)では、約800年前に源頼朝が鎌倉へ幕府を開いたころ、悪疫が流行した時に白衣の老人が来て、日本武尊を祀れば悪疫が治まると教えたので、日本武尊を祀った。その時代が正和2年(1313)で、祭神は飯綱権現だという説もある。
飯綱権現は、江戸時代には防火の神として信仰されていて(本来は伊勢の豊受大神と同じ食物の神様)、長野県の飯綱権現社が本社だった。座間神社と改めたのは、明治9年(1876)で、村社とされたとき、祭神は日本武尊に改められた。
樹齢300年とされる御神木、シイの大木は健康成就、病気平癒、延命成就などの御利益のあるパワースポットとして有名である。


