弘法大師御誕生日を祝う/香川県善通寺市

稚児像に百種の供物を供え

弘法大師御誕生会=6月15日、香川県善通寺市の総本山善通寺


 真言宗を開いた空海・弘法大師は宝亀5年(774)6月15日、香川県善通寺市の真言宗善通寺派総本山善通寺(菅智潤法主)の御影堂奥殿がある場所で誕生したとされる。四国では親しみを込め「お大師さん」と呼ばれ、善通寺では6月10日に「大師市」が開かれ、15日の御誕生会を中心に様々な行事が催された。
 空海は、香川県北部にひろがる讃岐平野の西端にある多度郡屏風浦の豪族・佐伯直田公(さえきあたいたぎみ)と阿刀大足の娘・玉寄御前の子として生まれ、幼名は真魚(まお)。空海が誕生したとされる6月15日は、中国密教の大成者である不空三蔵の入滅の日で、空海は「不空の生まれ変わり」と伝わっている。
 善通寺の広大な境内は、「伽藍」と称される東院、「誕生院」と称される西院の東西二院に分かれ、金堂、五重塔などが建ち並ぶ「伽藍」は、創建時以来の寺域であり、御影堂を中心とする「誕生院」は、佐伯家の邸宅跡にあたる。
 現在、西院御影堂の奥殿が建つ場所は、母の部屋があった場所と伝わり、聖地として大切に保存されている。現在の善通寺近隣には、真魚が泥土で仏像と小さな御堂を作って遊んだ「仙遊ヶ原」など幼少期の空海を今に伝える史跡が幾つもある。
 東院境内には、県の天然記念物に指定された2本のクスノキの巨樹がある。南大門を入って左手にあるのが「大楠」で、五重塔を背に正面に見えるのが「五社明神大楠」。いずれも樹齢は千年以上とされ、少年時代の空海も木の周りで遊んでいたという。
 五岳山善通寺の創建は、江戸時代中期に成立した『多度郡屏風浦善通寺之記』によると、唐より帰朝した空海が、父が寄進した四町四方の土地に、師である恵果和尚が住んでいた長安の青龍寺を模して建立したのが始まり。弘仁4年(813)に落慶し、父の諱「善通(よしみち)」から「善通寺」と号したと記されている。
 鎌倉時代に佐伯家の邸
宅跡に「誕生院」が建立され、江戸時代までは善通寺と誕生院は別々の寺だったが、明治時代に善通寺として一つの寺になった。現在は真言宗善通寺派の総本山で、四国八十八カ所霊場の75番札所でもある。昔は善通寺が一番札所だったが、江戸時代に全国から多くの巡礼 者が訪れるようになって、始めやすいように関西圏から近い徳島県鳴門市の霊山寺が一番になった。
 山号の「五岳山」は、寺の西にそびえる香色山・筆山・我拝師山・中山・火上山の五岳に由来し、その山々があたかも屏風のように連なることから、当地はかつて海に近く「屏風浦」とも称されていた。「誕生院」の院号は空海誕生の地であることを示し、誕生所である善通寺は、京都の東寺、和歌山の高野山とならぶ弘法大師三大霊跡の一つとして、古くから信仰されてきた。
 15日の法要では、茶同人による献茶が行われ、菅法主を大導師に一山の僧が雅な雅楽が演奏されるなか参進。空海の稚児像の前に百種の供物を供え、祈りや表白をささげ誕生を祝った。