教会は「道」を照らす灯台

ジャパンキングダム教会マーセル牧師・千亜紀さん夫妻に聞く

 マーセル・ジョンテ・ギャズデン牧師と千亜紀さん夫妻は、マーセル牧師が29歳の時、東京郊外にジャパンキングダム教会を設立し、「アキラメナイホームレス支援プログラム」をはじめ、様々な支援活動に取り組んでいる。そうした活動に込められた思い、信仰の原点について聞いた。(田中孝一)

マーセル牧師・千亜紀さん夫妻

 「強いクリスチャンコミュニティ」
 ──マーセル牧師は1999年にアメリカから来日されたそうですが、きっかけを教えて下さい。
 (マーセル牧師)軍人だった父の仕事の関係です。父は牧師としても活動していました。私も父を引き継ぐ形で牧師になりました。そして29歳の時に妻と教会を設立し、集まった地域の人たちと礼拝を捧げました。
 現在、「アキラメナイホームレス支援プログラム」や「シングルマザー支援」、「フードパントリー」などの支援活動に取り組んでいます。また、「ゴスペル音楽ワークショップ」などのイベントも行っています。
 ──教会のウェブサイトに「強いクリスチャンコミュニティをたちあげる」とあります。この意味を教えていただけますか。
 クリスチャンコミュニティが強くなればなるほど、社会に大きく貢献できます。教会に集う人たちが信仰の力を身につけて強くなれるようにとか、各々が抱える問題を解決できるようにと考えています。
 強くなれば、日本に「違い」をもたらすことができます。それは私たちの教会のミッションであると思っています。
 ──「違い」というのは、どういうことですか。
 一言で言えば「愛を示す」ということです。妻と教会を設立した時、強く思ったのは、日本人は宗教に対して抵抗があるということでした。神様の話を出すと、途端に避けられる。宗教に対するそのようなイメージを変えたかった。だから「違い」をもたらしたいと思いました。ですから私たちの教会のミッションは、「違いをもたらそう。日本に、世界に」です。
 
 17歳で聞いた神の声
 ──それを地域から始めていこうということですね。
 そうです。社会には様々なレベルがあります。例えば外面で見れば、上は富裕層や大きな企業でしょうし、下はホームレスの人たち、何も持てな
い人たちということになるでしょう。
 最初はホームレスの人たちに目を向けました。先日、新宿で行った炊き出しでは、30人以上のホームレスに食事を提供することができました。
 このプログラムを続ける理由には、私の17歳の時の体験があります。
 当時、私は母と一緒にゴスペル音楽を教えに新宿に通っていました。その日、いつものように多くの日本人が行き交う中で横断歩道を渡っていた時、急に時間が止まったような感覚に襲われたのです。そして、心の中から声が聞こえました。「私は神様を信じているが、神様を信じていないこの人たちはどうなるのだろう」という声でした。
 その時、「日本語を学ばないといけない。説教しないといけない」と思いました。ある意味、その日から日本における私のミッションが始まったのだと思います。「どうやって神様の愛を示すのか」と。
 イエス様は裕福な人も訪ねられるけれども、それ以上に貧しい人たち、社会から見捨てられた人たちの元を訪ねられる。そうであれば、私も同じように歩もうと決意したのです。
 そして17、18歳頃から、聖書とおにぎりを持って毎週一人でホームレスの人たちに会いに行きました。知り合いはいませんでしたし、日本語も当時はほとんど話せません。それでも「愛の言語」で向き合い、そのうちに友達もできました。その中の一人がホームレスのコミュニティリーダーでした。私は毎週その方に会って、聖書の言葉を伝えたり、祈ったりしました。
 ところがある日、そのリーダーが突然亡くなったのです。私は呆然としました。でも次の瞬間、心の中で炎が燃えて、「もっと真剣になってホームレスを助けないといけない」という思いが湧き上がりました。そこから少しずつ、「アキラメナイプログラム」を作り上げていきました。
 その後、結婚して、自宅で教会を始め、入りきらないほど大勢の人が集まってくれるようになりました。ただ、小さい家だったので、もっと大きな場所が必要になりました。私は神様に祈りました。「大勢の人が集まることができて礼拝できるビルが必要です。そして、ホームレスの人たちがシャワーを浴びることができる場所も一緒にお願いします」と祈ったのです。神様は願いを聞いて下さり、礼拝堂とホームレスケアセンターを準備することができました。ケアセンターを通して、今まで13人が社会復帰できました。
 また、「フードパントリー」は、ホームレス、シングルマザー、それと子供たちを対象にしています。それから、難民の方々への支援も行っています。
 
 ボランティア、地域の人たちの協力
 ──「ゴスペル音楽ワークショップ」についてはいかがですか。
 ゴスペルは聖書のことを歌う音楽です。とてもパワフルで、心で神様に触れることができます。音楽は世界の共通言語ですね。
 ──ホームレス支援を手伝って下さるのは、教会員の方々ですか。
 教会員もいますし、教会以外のボランティアも協力してくれています。横田基地から来てくれたり、法政大学の学生たちも参加してくれます。大学の先生がインターネットで私たちの活動を知り、学生さんに紹介してくれたそうです。そして日本に住んでいる外国の方たち、それと有名なユーチューバーもサポートしてくれています。また、地域の方たちから服を寄付していただくこともあり、ホームレスに提供しています。

 光で照らすと「道」が見える
 ──集ってくる方々、地域の方々にとって、教会はどんな存在ですか。
 「光」だと思います。教会は灯台であり、悩みを抱えている人を迎え入れ、社会問題に応える場所です。教会はただ話を聞くだけではなく、灯台となって道を照らさなければなりません。光で照らすと暗闇の中に道が見えます。教会は「道をつくる」のではありません。私たちは「照らす」だけです。道は神様、イエス様です。しかし、人はその道が見えない。だから教会が灯台のように照らすのです。そうすれば、その人は歩むべき道を見ることができます。
 私はホームレスの方々に、「あなたに限界はないよ」「将来の扉は開かれていますよ」「行く道が分からない時は祈りましょう。神様は不思議な方法で助けてくれますよ」と伝えています。ホームレス支援プログラムもゴスペルも子供のためのプログラムも、全て社会に「神様の原則」を伝えるものです。
 また、こうした支援活動、社会への貢献は、教会と地域住民が分かれてやるのではなく、一緒にやっていくことが大切だと思います。

 良い時も辛い時も 神様を体験
 ──信仰の原点について教えていただけますか。
 子供の頃から教会に通っていましたが、「神様は私の神様」と実感したのは、良い時も辛い時も自分で神様を体験したということが大きいです。18歳の時に若者のためのイベントをやりたいと思った時も、神様が奇跡を用意して下さり、実現することができました。
 一方で試練もありました。私たちの一人息子ジョシュアが2024年に亡くなったのです。ちょうど私たちがホームレスのケアセンターを作る準備を進めていました。息子が亡くなった時、私は支援の活動を続けることができるだろうかと自問しました。でも、息子のレガシーであれば、あきらめることはできないと思い直したのです。だから今、私たちはここにいます。
 
 息子が成した 使命を引き継ぐ
 (千亜紀さん)息子が入院していた時、もちろん息子のためにお祈りしましたが、その病棟には命の危険がある子供たちが大勢入院していました。傍らには泣いているご両親がいます。私たちはイエス様の心を知っているからこそ、それをスルーすることはできません。福音を伝えてお祈りさせていただきました。お祈りした数日後、その子たちが快復して一般病棟に移ったという話も聞きました。息子を担当して下さった医師の方々にも福音を伝え、その中のお一人が「私は神様を信じます。イエス様を信じます」と言って、クリスチャンになられました。看護師さんも泣いてくれ、一緒にゴスペルを歌いました。
 ジョシュアの死に対して、彼がこの世界で成し遂げた使命を引き継いで、私たちに与えられた使命を果たしていこうねと夫と話しています。聖書の詩編に「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す」(詩篇139編)とあるように、神様はそこにいる。だから、すごく悲しいことがあったとしても、私たちは神様から離れないで歩もうとするのだと思います。