富岡八幡宮例大祭/東京都江東区
熱気にあふれる本祭り

東京都江東区の富岡八幡宮(丸山聡一宮司)で、8月12日から16日まで例大祭(深川八幡祭り)の本祭りが行われた。5日間の例大祭期間中、境内は大勢の参拝者で賑わった。15日の神幸祭(鳳輦渡御)、16日の各町神輿連合渡御では沿道に見物客が詰めかけ、コロナ禍以前を思わせる熱気と盛り上がりを見せていた。
15日の神幸祭では、鳳輦が午前8時に富岡八幡宮を発輦した。江東区・中央区にまたがる氏子区域約60キロを巡行し、各町で出迎えを受けた。鳳輦は昭和5年に製作され、戦災を免れた貴重なもので、神様が氏子地域を巡って御神徳を授ける重要な神事となっている。鳳輦の車列には巫女を乗せた車両が続き、各地の神酒所で神楽舞「永代の舞」が奉奏された。
16日には、「水掛け祭り」と呼ばれる各町神輿連合渡御が行われた。富岡八幡宮前の永代通りを先頭の神輿が午前7時半に出発した。各町の神輿がそれに続き、休憩や昼食を挟みながら、54基の神輿が約8キロの行程を「わっしょい、わっしょい」という伝統の掛け声とともに練り歩いた。
沿道には国内外から大勢の見物客が詰めかけた。また、担ぎ手たちには清めの水が勢いよく浴びせられた。時折小雨が降る中、神輿の担ぎ手と観衆が一体となり、沿道は大変な熱気に包まれた。午後1時半過ぎに先頭の神輿が永代通りに戻ってくると、沿道から大きな歓声が上がった。各町の神輿は勇壮な姿を見せながら、続々と同宮前に戻ってきた。
12日午前9時には例祭前々日祭、13日午前9時には崇敬会会員も参列して例祭前日祭が行われた。14日午前11時には例祭祭典が斎行され、皇室・国家の隆昌と世界の平安、氏子崇敬者の繁栄が祈願された。また、同宮の戦後復興を奉祝して昭和31年に作られた神前神楽舞「富岡の舞」が、巫女によって奉奏された。
このほか、例大祭期間中には太鼓、神楽、能、舞踊、琴・三味線など、多彩な神賑行事が行われた。
祭りには海外からの観光客も多く詰めかけた。東欧から来たという男性は「初めて見たが、驚いた。とても良いお祭りだ」と語った。フランスから来たという男性は、「本当に素晴らしいお祭りだ。幸せな気分だ」と話した。また、毎年祭りを見に来ているというフランス人女性は、「毎回違った景色が見える。今日も刺激的で最高だ」と笑顔を見せた。
富岡八幡宮は、古くから「深川の八幡様」として親しまれてきた。創建は寛永4年(1627)にさかのぼる。菅原道真公の末裔とされる京都の僧・長盛法印の夢枕に八幡大菩薩が現れ、江戸の地にも八幡様を祀るよう御神託を授けたと伝えられる。
長盛法印は、「武蔵國に永代嶋といふところあり わが宮居せんところには白羽の矢たちたらん」との神示に導かれ、隅田川河口の砂州であった永代島を探し当てた。そこで、お告げの通り一本の白羽の矢が納められた小さな祠を見つけ、その場所に社殿を建てたと伝えられている。
富岡八幡宮の祭りは、江戸時代から木場の人々や漁師など力自慢の担ぎ手が多く参加する勇壮な祭りとして知られてきた。その一方で、事故やけんかを起こさないことを誇りとし、秩序ある祭りを継承してきた。
氏子地域の各町には神輿総代がおり、神輿総代たちは昔からのしきたりを守りながら、誰もが楽しめる祭りとするために尽力している。本祭りは3年に1度行われるが、神輿総代たちは毎月集まり、意思の疎通を図っている。


