「生命尊重の日」の集い

お腹の赤ちゃん大切にする社会に

7月13日に開催された「生命尊重の日」の集い(都内)


 7月13日、「生命尊重の日」の集いが都内で開催され、全国から約300名(オンライン含む)が参加した。主催は「お腹の赤ちゃんとお母さんを応援しよう実行委員会」。
 7月13日は1948年(昭和23年)に母体保護法(旧優生保護法)が制定された日にあたる。お腹の赤ちゃんを大切にする家庭、学校、社会の実現を呼びかけ、毎年この日に集いを開催している。
 最初に、NPO法人円ブリオ基金センターの和田惠美子理事長(元東京女子医大小児科教授)が挨拶した。和田氏は「悲しい過去は二度と繰り返してはならないという心で、7月13日に集いを開催してきた。授かりものとしていただいたいのちが成長していけるように応援していく日にしましょう」と述べた。
 次いで、5人の専門家からそれぞれの実践を踏まえた発表がなされた。
 まず、「妊婦さんとお腹の赤ちゃんに寄り添って」というテーマで、永原郁子氏(〈公社〉小さないのちのドア代表理事)が発表した。永原氏は助産院の院長として、妊娠した女性の24時間相談や、住む所がない妊婦への生活・自立支援を行っている。
 発表では、受精からの胎児の成長を紹介。いつからヒトとして認められるかについて、1991年に上智大学での国際会議で採択された胎児の人権宣言に触
れ、「受精の瞬間からではないか」と語った。その上で、「小さな存在を皆の温かい手で囲む世の中こそ価値ある社会だと思う」として、豊かな社会を実現していくために胎児も社会の一員だと教える教育が大切だと述べた。
 次に、鈴木中人氏(NPO法人いのちをバトンタッチする会代表)が「いのちの授業〜いのちを大切にする心を育む」をテーマに語った。鈴木氏は、長女の小児がん発病を機に患者や家族の支援、学校での「いのちの授業」に取り組んでいる。
 鈴木氏はまず、幼い長女が必死に生きた姿と、共に歩んだ家族の思いを紹介。いのちの授業では、子供たちに「自分なんかいなくなったっていいと思うときがあるかもしれないが、それは間違いだ。あなたに何かあったら家族や仲間がどれほど涙を流すか。お父さんお母さんは血の涙を流す」と語りかけ、「どんなことがあっても、お父さんお母さんより早く死んではいけない」と伝えるという。
 そして、「いのちを大切にする」とは「いのちを大切にする心を育む」ことであり、「子供と一緒にいのちの体験を重ねて下さい」と訴えた。
 内田早苗氏(〈一社〉マタニティ期から絵本読みきかせ推進協会代表理事)は、「お腹の赤ちゃんへの読み聞かせを」をテーマに語った。内田氏は、絵本を読んであげるという小さな行いが子供にとって大切な時間であることを親になる人に知ってほしいと考え、母子手帳と一緒に絵本を渡す活動を行っている。
 一冊の絵本を読んであげることで、両親にも温かい気持ちが芽生える。絵本は心地良くなる言葉でできているという。内田氏はこうしたことを学ぶ機会を持ってほしいと述べた。
 そして、「お父さんお母さんの読む声をたくさん聞いた子は、誰かが話してくれる時に自分のことを見てくれるんだと、体でも心でも覚えていく」「お父さんお母さんと子供が作り出す空間がとても大切」と続けた。
 次いで、松本亜紀氏(〈一社〉倫理研究所倫理文化研究センター専門研究員)が「いのちをつなぐ─お産の歴史と現代社会」というテーマで、次のように述べた。
 性教育や民俗学を研究する松本氏は、現在は子を産み育てる喜びが伝わらず、子育てがキャリアを中断させるリスクとなっている一方、いのちが育まれていくための実践知が次世代に伝承されていないと指摘した。
 かつては産む女性を地域の女性たちが支え、子供を神仏からの授かりものとして丁重に扱う心が共同体に確かにあったが、今はそれが薄くなっている。松本氏は、産む女性を一人にしないよう、子育てサロンなど、「いのちを大切にする感覚を持って声をかけていく実践が必要」と述べた。
 5人目として、水川淳史氏が「胎児のいのちと人権を守るために—刑法の改正を」というテーマで語った。
 水川氏は昨年5月に交通事故で妊娠9カ月の娘・沙也香さんを亡くし、緊急帝王切開で生まれた孫の日七未さんは脳に重篤な障害を負った。しかし刑法では胎児はあくまで母体の一部とされ被害者とされなかったことから、胎児も人として認めてほしいと署名活動を展開。胎児の法的保護を求める声が地方から上がり、国会でも議論されている。水川氏は、「お腹の赤ちゃんとお母さんが温かく迎えられる社会になることを願っている」と訴えた。
 この後、出席した国会議員から、国会での議論の状況などが報告された。
 最後に、生命尊重センタ
ー代表の宮田修氏(宮司、元NHKアナウンサー)が、お腹の赤ちゃんを大切にするという草の根の運動が国会の場で議論される段階になったことは重要な一歩であり、今なお不幸なことが起こっている状況に対して力を合わせて国を変えていかなければならないと訴えた。