米国の建国精神を象徴する「ピルグリム・ファーザーズ」

連載・信仰の自由とキリスト教共同体の形成(1)
本紙前代表 石丸志信

復元されたメイフラワー2世号=1993年、プリマス港(筆者撮影)

アメリカ建国の物語
 1620年9月半ばにイギリス・プリマスを出港したメイフラワー号は、ハドソン川河口のヴァージニア入植地を目指した。荒天に見舞われた船は、目的地よりもはるか北のケープコット岬に到達した。乗客は、イギリス国教会の迫害を逃れ信仰の自由を求めて新天地をめざしたピューリタン(清教徒)分離派の一団を含む102人。
 ピューリタンの一団は、オランダ・ライデンに移住して共同生活を送っていたが、世俗的な環境では次世代への信仰継承が危ぶまれ、未開の新大陸への入植を決意。神に選ばれた「聖徒」として、キリスト教信仰に基づく理想社会の建設を目指す「巡礼者」となった。
 メイフラワー号には彼らのほか植民地会社に雇われた労働者や農民ら「異邦人」も多くいた。目的の異なる者たちは、上陸前に入植地でのより良い統治と秩序維持のために市民共同体を形成する契約を結んだ。ピューリタンのリーダー、ウィリアム=ブラッドフォードをはじめ成人男性41名が署名した。これがメイフラワー盟約である。
 上陸後、入植地を湾の西岸に定めプリマスと名付けた。小屋を建て始めたが、大半は船内に留まり冬を越した。その間に肺炎、結核などの病が蔓延し半数が亡くなり、翌3月に上陸できたのは53名だった。
 春、本格的にプリマス植民地の建設が始まった。丘の上には教会が建てられた。先住民の協力もあって農漁業に着手、秋に収穫感謝祭を捧げた。その後、経済活動も活発になり入植者も増えていった。「ピルグリム・ファーザーズ(巡礼始祖)」と呼ばれる彼らの歩みは、米国の建国精神を象徴する物語として記憶されることになる。
 彼らは、信仰の自由を求めてあえて過酷な環境に身を投じた。「巡礼始祖」の名はイスラエル民族の父祖アブラハムの物語を思い起こさせる。神の声に従い約束の地へと歩み出した父祖の姿に自らを重ねたのかもしれない。また、彼らが目指した理想の共同体は、二千年前に誕生した初代教会の姿にあったのだろう。

原始キリスト教共同体
 およそ二千年前、ユダヤの地に新たな共同体が生まれた。その主要な者たちはイエスに従いガリラヤ地方を中心に宣教活動を共にした弟子たちだった。
 イエスに召され使徒とされた12人をはじめ、数十人、数百人がイエスの語ることばに感動し、癒しの業に驚嘆しながら付き従っていた。しかし、イエスはユダヤ教指導者の激しい反発を受け、「神を冒涜するもの」として断罪され、ローマ総督により十字架刑に処せられた。彼こそがメシヤだと信じてきたはずの弟子たちはなすすべもなく、恐れからイエスを裏切る者もあった。
 独り十字架を担いゴルゴタの丘に上ったイエスは、恨み憎しみを口にすることなく、無知なる民の赦しを天の父に嘆願しながら自らの生命を奉げた。その姿を見た弟子たちは、ただ涙を流して悔いるだけであった。
 ところが、三日目にイエスは復活し、弟子たちの前に現れ彼らを愛で抱き赦した。勇気を得た弟子たちは再び立ち上がった。七週の後、五旬祭の日にエルサレムで集って祈っていると、聖霊が降臨し彼らに新しい生命を与えた。生まれ変わった弟子たちは、迫害も殉教も恐れず、「イエスこそ救い主キリストである」と力強く宣布することが出来た。
 彼らは兄弟愛の絆に結ばれた「家族共同体」を形成し、すべてのものを分け合い、ひたすら心一つにして祈りと賛美を共にして、人々から好意を寄せられていた、と聖書は述べている。

(2026年5月10日付 835号)