「お腹の赤ちゃんは『人』ではないのか」

生命尊重センターシンポジウム

都内で開催された生命尊重センターのシンポジウム(4月5日)

 生命尊重センター(宮田修代表・宮司、元NHKアナウンサー)とNPO法人円ブリオ基金センター(和田惠美子理事長)が先月5日、「お腹の赤ちゃんは『人』ではないのですか?」をテーマに都内でシンポジウムを開催した。全国の会員など約400人が参加した。
 生命尊重センターは1984年5月に発足した。〝いのちは授かりもの〟〝お腹の赤ちゃんも社会の大切なメンバー〟と訴え、全国で啓発活動を展開。また、「円ブリオ基金」を立ち上げ、お腹の赤ちゃんを大切にする社会を目指している。
 この日のシンポジウムでは、昨年7月に愛知県で起きた交通事故の事例から、母体内で被害に遭った胎児の人権、医療と法の観点から専門家が発言した。
  事故では妊娠9カ月の研谷沙也香さんが死亡し、重い脳損傷を負った女児の日七未さんは緊急帝王切開で生まれたものの、現在も意識が戻らず重篤な状態が続いている。
 問題となっているのは、現行刑法では胎児期の被害は「人」の被害ではなく、「母体の一部への傷害」として扱われる点である。この事故でも妊婦である沙也香さんの死亡は立件されたものの、日七未さんは「被害者」とは認められず、過失傷害罪の適用は見送られた。
 最初に登壇した日七未さんの祖父、水川淳史氏は、「娘のお腹の中で生きようとしていた命が、法律上は『人』ではない。その事実は事故の衝撃とは別の形で私たち家族の心を抉った」と心境を語った。
 日七未さんは現在、医療ケアを受け、家族は高度な注意と緊張を伴う状況にある。水川氏は「胎児は人ではないと言われた命が、今、24時間の医療ケアを受けて必死で生きている。同じ悲劇を繰り返さないために、命を守る制度を、より確かなものにしていただきたい」と訴え、「胎児期の受傷が出生後の死傷につながる場合は人の被害として扱うこと」「医学的に因果関係が明らかであれば刑事責任を問える仕組みを作ること」「胎児の命を守るための法整備を国として進めること」を要望した。
 次に、埼玉医科大学新生児科教授の加部一彦氏が、医学の立場から胎児の命をどう位置付けるかについて述べた。加部氏は40年以上にわたって、新生児、特に早産で生まれた乳児の治療に取り組んでいる。
 加部氏は、この30年の新生児医療の進歩を紹介した。胎児に対しては、腫瘍など病気が見つかった時には、いったん母体の外に取り出し、治療して母体に戻すことも可能になっているという。そのため、「胎児は医学的には治療の対象、つまり『人』の状態になっている」が、法律で胎児をどう扱うかは非常に曖昧で、「一度は外に出て『生まれた』赤ちゃんは胎児に戻るのか。医学の進歩と法律の間に矛盾が生じている」と指摘した。
 その上で、この矛盾を解消していくためにも、「医学が何を行い、どこに到達したのかを社会に理解していただけるよう努力したい」と語った。
 児童精神科医で世界乳幼児精神保健学会地域副会長の渡邊久子氏はまず、慈しみ合い、触れ合い、共に楽しむといった人間性の本質が物言わぬ乳幼児にも備わっていると述べた。
 また胎児においては、渡邊氏の恩師による「人間は体内で胎児として動く中で脳が発達する」との研究を紹介。そして生命進化について、「受精から、動きによって神経が発達して、背骨ができて、心拍が出てくる。そして胚から胎児になって、胎生期3カ月からは自分で生きることができるように全て備えている」「6カ月で人の顔になっている」といったプロセスを知らせることの重要性を指摘した。
 次いで登壇した弁護士の内田智氏によると、1988年の水俣病傷害致死事件の最高裁判決を契機に胎児に対する致死傷が学会でもかなり論じられてきたが、説が分かれているという。人である母体の一部に病変を発生させたという面と、胎児に病変を発生させたという二つの見方、つまり母体と胎児を別個の存在として扱うか、母体と胎児の一体性を出すかという二つの面を総合して有罪の結論を出している。そのため論理的に苦しい判決だと学会では批判されている。また、交通事故に関する判決でも下級審の判例は分かれているという。
 内田氏は、日七未ちゃんの例を見ても刑法解釈、判例解釈で限界にぶつかっていると指摘。いつから人とみなすか、医学的な知見を踏まえた法改正が必要ではないか、加害者が責任を問われない現状についても議論すべきと述べた。
 参議院議員の山田宏氏は、立法府の意思として議員連盟を結成し、医学的な進歩や国民感情に法が追いついていない点に関して専門家の意見を聞きながら、法務省内でも検討会を立ち上げて結論を出すよう要望したいと述べた。
 司会の宮田会長は「このテーマは我々の活動に深く関わっている。地道に議論を積み上げていきたい」と述べ、シンポジウムを締めくくった。