「日本とユダヤ 聖徳太子の謎」

秦氏サミットで久保氏が講演/横浜市

講演する久保有政氏=4月5日、横浜市の会場


 4月5日、横浜市港北公会堂で「秦・長宗我部氏の会全国連合会」(片桐晶一会長)主催、長宗我部顕彰会(高知県高知市)・岡山歴史研究会(岡山県岡山市)・秦歴史遺産保存協議会(岡山県総社市)共催、武田勝頼土佐の会(高知県仁淀川町)・越知平和会(高知越知町)協賛による「第2回秦氏サミット 日本とユダヤ 聖徳太子の謎」が開催された。同講演会は、昨年7月26日、岡山市で開催された「秦氏サミット」のシリーズ第2弾。
 午前の役員総会の後、午後の部では「日本とユダヤ 聖徳太子の謎」をテーマに久保有政氏(レムナント出版代表・ユダヤ研究家)の基調講演と上記団体代表らパネリスト5人による討論会が開かれ、各地に広がる秦氏の評価をめぐり盛り上がった。
 久保氏は「日ユ同祖論」研究の第一人者で、聖書考古学と日本文化の接点を独自の視点で探究するパイオニア。最大の特徴は、膨大な文献調査に加えフィールドワークに基づく緻密な比較分析で、単なる伝承の枠を超え、言語学や祭祀の共通性から古代イスラエルの痕跡を読み解く切り口は、歴史のミッシングリンクに挑戦する知的な刺激に満ちている。
 久保氏の「聖徳太子像分析」は、歴史学の枠組みに「聖書的・ユダヤ的文脈」という新たな座標軸を導入する極めて独創的な試みである。太子の事績や思想の背後に、景教やユダヤ的価値観を発見し、既存の仏教一辺倒な太子像に一石を投じる内容で、「秦氏サミット」にふさわしい発表となった。歴史の細部に潜む「異文化の痕跡」を鮮やかに結びつける手法は、古代日本の国際性を再認識させ、聴衆に深い感銘と考察の機会を与えていた。
 「土佐に長宗我部あり」。豊臣秀吉の四国征伐に敗れ、関ヶ原後の改易という苦難を味わいながらも、長宗我部一族と旧家臣達は武士としての誇りを捨てなかった。大坂の陣で最後まで徳川幕府に抗った元親の子、盛親も含め「中央集権に屈しない地方の雄」としてのアイデンティティが、この言葉には宿っている。
 氏族の家紋「七つ酢漿草(かたばみ)」やルーツとされる秦氏の伝承など、長宗我部氏の伝承には、単なる戦国大名としての枠を超えた「古代の血脈と土佐の風土の融合」、家系の箔付け以上の深い歴史的ロマンが潜んでいる。
 高度な土木技術や養蚕、織物そして「景教」とのかかわりが指摘される謎多き秦氏。日本各地に張り巡らせた秦氏ネットワークに、家紋に込められた長宗我部氏の生命力が共鳴し、四国統一という大業を成し遂げるに至る。長宗我部氏は単なる戦国大名ではなく、日本の深層に流れる「古代の智慧・ユダヤの智慧」を中世の戦いの場に再現した異質の存在なのかもしれない。
 討論会では活発な意見交換がなされ、知的興奮の余韻を残しつつ閉幕した。