靖国神社春季例大祭/東京都千代田区
英霊に感謝の誠を捧げ、平和祈る

東京都千代田区の靖国神社(大塚海夫宮司)で令和8年春季例大祭が4月21日の清祓から始まり、23日の第2日祭までの3日間斎行された。当日は多くの参拝客が国内外から訪れた。春季例大祭では生前英霊が好んだウイスキー、ビール、サイダー、タバコなど他の神社では見られないものを含め、英霊の奉慰の為に50台の神饌が供えられている。
春季例大祭に合わせ、高市早苗首相は21日、「内閣総理大臣 高市早苗」名で神前に「真榊」を奉納した。城内実経済財政担当相は22日午前に参拝し、超党派の議員連盟「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(逢沢一郎会長)の126人の国会議員も22日午前に一斉に参拝した。皇室からは彬子女王殿下が22日午後に、瑶子女王殿下が23日午後に参拝された。
多くの参拝客が見守る中、4月22日午前10時に宮司・神職が参進。本殿所定の座に着く。国歌斎唱に続き、開扉、献饌、宮司が祝詞を奏上、英霊に感謝の誠を捧げた。そして勅使(十時和孝掌典)が御幣物を奉って参向し、宮司は御幣物を神前に奉奠した。勅使が御祭文を奏上。宮司は御祭文を内陣に納めた。勅使が玉串を奉って拝礼し、勅使随員が拝礼。勅使・随員下向後、「鎮魂頌」「靖國神社の歌」の合唱が奉奏された。その後、宮司が玉串を奉って拝礼、特別参列者及び崇敬者総代がそれに続いた。午後3時に御幣物、神饌が徹せられ、宮司が御扉を閉じ、春季例大祭当日祭は滞りなく修められた。
春季例大祭の期間中、拝殿前華席では各流派家元による献華展が、能楽堂では詩吟、剣舞、日本舞踊、浪曲、琉球舞踊、古武道、講談、合唱、大正琴などの各種奉納芸能が21日から23日にかけて奉納された。
靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まり。国家のために尊い命を捧げた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された。明治12年(1879)には「靖国神社」と改称され別格官幣社に列せられている。明治天皇が命名された「靖國」という社号は、「国を靖(安)んずる」という意味で、靖國神社には「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められている。
御祭神として嘉永6年(1853)以降の明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、第2次世界大戦等日本の国内外の事変・戦争、国事に殉じた戦没者が、身分や勲功、男女の別なく祀られ、その数は246万6千余柱にのぼる。その中には軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなった学徒など、軍属・文官・民間の人々も含まれ、また、当時日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、軍事裁判の犠牲になった人々も含まれている。


