琵琶湖に春を告げる比良八講

連載・京都宗教散歩(41)
ジャーナリスト 竹谷文男

滋賀県・近江舞子浜

近江舞子浜の松並木を練り歩く比良八講衆

 琵琶湖と比良山の自然の恵みに感謝し、水難の犠牲者を悼んで湖上安全を祈る法要・比良八講(ひらはっこう)が3月26日、琵琶湖の景勝地・近江舞子浜(滋賀県大津市南小松)で、比叡山延暦寺(滋賀県大津市坂本本町)と比良修験道の主催によって厳修された。
 午前10時から湖岸近くの観音石像前で、修験道の山伏、延暦寺の僧侶、そして稚児娘、参拝者らが参集する中、僧侶による比良八講法要が営まれた。法要が終わると、ホラ貝を吹き「比良八講」と大書した幟を立てた山伏を先頭に、稚児娘、僧侶などが続く行列が、琵琶湖に突き出た雄松崎を目指して舞子浜の松並木を練り歩いた。近江舞子浜は、琵琶湖でも最も美しい白砂青松の景観と言われる。雄松崎では地元・南小松の子供たちが「野村太鼓」を演奏し、比良八講衆を迎え入れて華やかな色を添えた。
 浜辺で清原恵光・大僧正(92)が導師となって読経の声を響かせる中、一行は、水難者回向法要、湖上安全・湖水清浄祈願、水源感謝法要を営んだ。そして僧侶たちは小船に乗り込み、事前に比良の打見山山頂で汲んだ湧き水が入った太い竹筒の水を湖上に注いで、湖水の浄化を祈願した。僧侶達が船上から撒く無数の紙塔婆(かみとうば)は湖上を吹く春風に舞い、僧たちは水難者の霊を慰め諸精霊を供養した。竹筒には「修三会(しゅさんえ)法水」と大書されているが、それはこの八講が修三会と呼ばれていたからで、奈良のお水取りを修二会(しゅにえ)と呼ぶのと似る。

湖上の船から紙塔婆を撒く僧侶達


 最後に、採灯大護摩供養が厳修され、藤波源信・大阿闍梨(67)らが護摩檀に護摩木を投じて参拝者の健康や安全を祈った。参加した地元の人は「日本一の琵琶湖に多くの人が来ていただきたいし、琵琶湖も安全であってほしい。また、水源である比良山も豊かに保全されることを願っています」と話した。
 毎年3月の下旬頃、寒気が一時的に戻って比良山から突風が吹き荒れる現象が「比良八荒」と呼ばれている。この「比良八荒」は比良八講の法要が終わる頃に収まることから「比良八講、荒れじまい」と呼ばれ、八講は春の訪れを告げる湖国の風物詩となっている。
 中世、琵琶湖の東岸にそびえる比良山には、三千とも言われる僧坊が山中に軒を並べ、多くの比良修験道の山伏を受け入れていた。八講は法華八講のことで、法華経八巻を八座に分けて講じる法会。比良山で修行していた山伏・僧たちが講じていたため、特に比良八講と呼ばれていた。比良八講は一時中断されていたが昭和30年(1955)、故・箱崎文応大僧正によって再興され、今では毎年の例祭となっている。

(2026年4月10日付 834号)