大窪寺で柴燈大護摩供養/香川県さぬき市
諸願成就祈る火の祭典

香川県さぬき市多和にある四国霊場八十八か所の結願(けちがん)の寺、88番札所の真言宗大窪寺で春分の日の3月20日、800年余りの歴史がある柴灯(さいとう)大護摩供養が営まれた。大導師は同寺の槇野恵純住職。
四国内の霊峰や修験場で修行する山伏たちが、弘法大師の恩に報い、徳を募って供養を営む伝統行事で、お遍路さんら多くの参拝者が見守った。同寺では毎年、春分の日と山の日に催され、護摩木をはじめ霊場巡りを終えたお遍路さんが納めた金剛杖や札も焚かれる。
柴燈護摩供養は、山中で正式な密教仏具がないため、柴や薪で壇を築いたことに始まる儀式で、真言宗を開いた空海の孫弟子に当たる理源大師が初めて行ったもの。理源大師は役行者の弟子で醍醐寺の開基、日本古来の山岳信仰と真言宗を合体させた中心人物である。
護摩供養はインドで紀元前1000年頃に始まったバラモン教の儀礼で、さらに、古代ペルシャで世界最初の国教となったゾロアスター教(拝火教)に起源を発する。善悪二元論と終末論を有する同教はキリスト教や仏教に影響を与えたとされ、イランでは今も信仰が守られている。空海が密教を学んだ当時の唐の長安には同教の寺院もあったので、その儀礼を取り入れたと推測できる。
標高700メートルの大窪寺の本堂前にヒノキの葉で覆われた護摩壇が設置され、本堂で祈祷を受けた山伏がほら貝を吹きながら結界が張られた境内に進み、四方に矢を放って護摩の場を浄めた。供養は、山伏がほら貝を吹き鳴らして厳かに始まる。護摩壇に火が入れられると、煙が龍のように青空に立ち上り、参拝客らは威勢よく燃え上がる炎に手を合わせて、所願成就を祈願した。
ヒノキの葉が燃え終わると、山伏が組まれた木枠を取り外し、燃え切った炭をかき集め、平らにならし、塩をまいた上にヒノキの青葉を敷いて「火渡りの式」の準備をする。その後、山伏たちがお供えを手に渡り、般若心経や真言が唱えられる中、参列者も裸足になって列をなし、諸願成就を祈りながら渡った。
医王山遍照光院大窪寺は、さぬき市にある記者の自宅から山道を歩いて約5時間。小学生の時には朝7時ごろ出発し、正午頃に着いてしばらく遊び、同じ道を引き返していた。近くに遍路の歴史を紹介する「おへんろ交流サロン」があり、客人を案内すると喜ばれる。

毎年3月13日には、高地蔵がある近くの河原で、行き倒れになったお遍路さんらの霊を供養する「流水灌頂法要」が、地域住民も参列して営まれている。これも江戸時代から続くお接待の一つで、連れ子がいると、出身地まで送り届けていたという。
大窪寺の北にそびえる女体山の頂上には水の神として信仰されている女体神社があり、記者は仲間と年2回、掃除と祭りを続けている。市の補助を受けながらの高齢者の奉仕活動で、地域に伝わる信仰の歴史を感じる機会となっている。 (多田則明)


