今宮神社の龍神祭と秩父神社の御田植祭
八代龍王神と水の恵みに感謝/埼玉県秩父市

4月4日、「龍神祭」が今宮神社(塩谷崇之宮司)の大ケヤキ「龍神木」の前で斎行された。龍神祭は、八大龍王神の神徳と水の恵みに感謝する祭り。境内にある龍神池には、秩父の霊峰・武甲山からの伏流水が湧き出しており、武甲山の龍神様がこの地に降臨すると信仰されている。
午後に行われた水を分け与える神事である「水分神事(みくまりしんじ)」では、総鎮守である秩父神社に神水(水麻)が授けられ、秩父地方の農耕の一年が始まった。この日、秩父神社では関連行事として「御田植神事」も行われ、稲作の始まりを神前に報告し、五穀豊穣が祈願された。
八大龍王を象徴する雨が時折降る中、午前10時半に祭事が厳かに始まった。修祓の儀、祭主一拝、献饌の儀に続き、祭主・塩谷崇之宮司により祝詞が奏上された。
その後、本山修験宗の大先達に合わせて参列者一同が般若心経を奉読し、「豊栄舞」の奉奏、「墨絵演舞」の奉納と続いた。宮司が玉串を奉って拝礼、氏子総代、清野和彦秩父市長ら参列者がそれに続いた。撤饌、祭主一拝。龍神祭は滞りなく修められた。
塩谷宮司は「八大龍王は雨と水をつかさどる神様で、水は我々の生活に欠くことのできないものだ。今日の龍神祭では皆様の御無事と秩父地域、そして関東平野全体の安寧を祈った」と述べた。
秩父神社では「御田植祭」が始まり、午後1時に薗田建(たける)宮司以下神職・作家老が本殿に昇殿。神部たちと「御本殿の儀」を斎行。豊作を祈念する祝詞が奏上された。玉串を奉奠の後、山の神(水神、龍神)の依代である水麻を宮司が取り出し、禰宜から小川篤作家老に手渡された。午後1時半、水乞いの御神幸行列が今宮神社に向かう。神職の先導のもと、笛や太鼓の音に導かれ、水麻を掲げた作家老と鍬を担ぐ神部たちが市内を練り歩き、今宮神社へと向かった。
一行が今宮神社に到着すると「水分神事」が社殿で行われた。修祓の儀、祭主一拝。献饌の後に、水麻(みずぬさ)授受の儀が行われ、神部代表の黄色装束の作家老(小川篤氏)が水麻を秩父神社の新井君美禰宜に渡し、さらに今宮神社の塩谷宮司に渡され、本殿に奉斎された。
次に、塩谷宮司が水分の祝詞を奏上し、続いて新井禰宜が水乞いの祝詞を奏上し、豊作を祈念した。今宮神社宮司、秩父神社禰宜、作家老が玉串を奉って拝礼し、今宮神社関係者、秩父神社関係者がそれに続いた。御神酒撤下、直会となり、御神酒とダイコンが参列者に渡された。その後、八大龍王の御神徳、水の御恵みを宿した水麻が、今宮神社宮司から秩父神社禰宜へ、さらに作家老へと授与され、祭主一拝。水分神事は滞りなく修められ、その後一行は市内を再び練り歩き、秩父神社に戻った。

午後4時には「御田植神事」が始まった。境内にはしめ縄が張られ、神田に見立てた場で進められる。また、八大龍王神の御神徳に感謝を捧げる意味を込め、神社正面の鳥居は水口に見立てられ、龍の姿を模した稲わらが巻き付けられていた。
秩父神社の「御田植祭」は埼玉県の選定無形民俗文化財に指定されており、神事を支えるのは地元の「秩父神社御田植祭保存会」の会員たち。今年から作家老を務める小川篤氏は黄色の装束に身を包み、その他の神部たちは菅笠をかぶり白装束を身にまとって登場する。
作家老と神部たちは、神社境内の敷石を水田に見立て、古式ゆかしい田仕事の所作を順に演じた。最初の「苗代づくり」では、「田打ち」「くろぬり(畔塗り)」「代掻き」「田ならし」の所作を、続いて「本田づくり」では、「田打ち」「くろぬり」「肥料まき」「カッチキ(刈敷)」「代掻き」「田ならし」「田植え」の所作を演じた。最後に、秋の収穫を象徴する「餅まき」では、作家老および神部たちが、無病息災・開運招福をもたらす縁起物の餅を見物客一人ひとりに配り、春の神事はにぎやかに締めくくられた。
年末、12月3日に行われる秩父夜祭(ユネスコ無形文化遺産)では、春の御田植祭において迎えられた武甲山の龍神を、再び山へ送り返すとされている。

