現代は「メタ(超)」を追求する時代

「グローバル教育」による次世代育成

(株)グローバル教育代表 渥美育子氏に聞く

 世界的な時代の大転換期を迎えている中、地球サイズの視座、メタの視点を持つ人材の育成が求められている。「グローバル教育」に取り組む渥美育子氏に、教育の核心と実践について聞いた。(田中孝一)

 「地球サイズの視座」
 ──「グローバル教育」について紹介していただけますか。
 私たちが提唱するグローバル教育とは、「地球サイズの視座(=ものごとを認識するときの立場や位置)を持つ、21世紀の総合人格教育」と定義できます。
 私は1980年代からアメリカでグローバルビジネス教育のモデルを作り、オランダの学者たちと世界の異文化について研究しました。そうした経験などから、日本でのグローバル教育の必要性を感じたのです。
 現在、この教育に関心を持って下さる福岡の高校で実践しています。
 ──宗教界も含めて、グローバルな視点を持った次世代を育てることの重要性が増していると感じます。
 一つ申し上げたいのは、信仰の違いを超えた共通の目的が人類にはあるということです。
 現在の世界を見ると、世界全体を見通す視点が非常に大事だと思います。人類は3000年以上前に〝モーセの十戒〟で、「殺してはならない」「盗んではならない」という根本命題を、神の声として伝えられました。しかし、人類史においてこれが成されたことはありません。特に1940年代に核が発明され拡散したことは、大きな間違いだったと思います。
 それでも諦めないで、倫理性を重視して世界的な視野に立って問題に対処するなど、人類の叡智を集めて努力しなければなりません。
 日本の学校教育では、現実に〝恐ろしいこと〟はなかなか教えません。例えば紛争を予防するために必要なことは何かを探究する前に、「平和を望みます」といった言葉に置き換えられがちです。
 平和を望むのは当然ですが、グローバル教育はそのように置き換えるのではなく、「なぜ破壊や殺し合いを止められないのか」を具体的に解明していこうとするわけです。
 私たちはそれを高校生に伝えていきます。これを皆で解決しなければ人類は絶滅するかもしれない。そういうことを、学生生活を楽しんでいる生徒に教えるのです。しかし、決してペシミスティックな授業ではありません。皆、明るくて、「なぜ人間は戦争を止められないのか」、「自分たちは何ができるか」を一生懸命考えます。この高校では現在、450人の生徒が授業を受けています。目指しているのは、世界を見通す視点、人類共通の世界目線を持って、最悪の事態が何なのかをよく理解して、問題を解決する力を身につけるということです。
 ちなみに「倫理」もグローバル人材を育てる上で必要なものです。倫理とは、人間として絶対にしてはならないこと、すべきことを外から規範するものです。

 人類の未来のために何をすべきか
 ──今の世界の状況を、どのように考えられますか。
 20世紀、人類は二度の世界大戦を起こしました。しかも21世紀前半になっても戦争が続いています。
 何が悪いのか。例えばトランプ米大統領は、19世紀に共産主義を生み出してしまったことを問題にしています。アメリカは中国共産党政権を認めて、支援をすれば国際社会の仲間になるだろうと考えていたけれども、それは大きな間違いだったと。
 ──民主主義という価値観が崩れているといった指摘もあります。
 私たちは「民主主義は正しい」と教えられてきました。しかし今、世界的に見て、むしろ民主主義は衰退しているわけです。民主主義で、全体最適で、正義が必ず守られるかと言えば、そうではないということが分かってきた。社会主義的な社会を望んでいるグループがまだある。アメリカの民主党はその典型です。それを阻止しようというのが、トランプ大統領と共和党であると私は見ています。
 大半のメディアはトランプ大統領の一面を見て非難します。人格的に問題があるといった批判もある。確かに人格的に完璧というわけではないかもしれません。しかし、評価すべき点はあります。重要なのは「リーダーとして何をやってくれるか」です。現在、世界を見渡しても、リーダーの役割を担う人物はいないと言わざるを得ません。人類の未来のために何をしなければならないかということが大事であって、問題点を批判するだけでは意味がありません。今は、人類共通の目的を達成する方向に向かうべきだと思います。

 人類共通の目的に向かうには
 そこに向かうことがなぜ難しいか。18世紀後半に国民国家が誕生して、各々の国家が「自分の国を愛する」教育をやっています。国を愛することはいい。ただ、そこにとどまっていては、国家間の争いは本当の意味で解決できません。例えば、中国の「愛国教育」は日本に対する印象を悪化させることになっています。
 やはり、全体の状況を見渡す目で、人類共通の目的に向かっていくにはどうすればいいかということから、自国の教育を考えていくべきだと思うのです。
 そのためにも、高校時代からグローバル教育を実践して、世界的な視野を持って日本と人類のこれからを考えることができる人材を育てる時です。
 世界経済フォーラム(ダボス会議)創設者のシュワブ会長が、2022年に人類はリセットしなければならないという意味の話をしました。しかし、シュワブら特定のグローバリストが主張するリセットの中身は、個人は何の資本も所有しない、そうすれば世界は安泰だということです。つまり共産主義的な発想なのです。資本主義を否定しているわけです。シュワブは最近、不正疑惑で辞任を表明しました。
 他にも国連をはじめ、リベラル化したグローバリストが拡大していることが明らかにされてきました。グローバリゼーションというのは、本来は21世紀を生きるための哲学であり、スキルであったはずなのに、そこからグローバリズムが出てきて、悪い面のグローバリストに向かってしまい、社会主義(共産主義)が力を伸ばしてきたわけです。
 では、人類は何を目的にリセットすべきか。このことをイーロン・マスクは、日本的価値を用いて語っています。私利私欲にかられず、足るを知るという日本的哲学、人生観が重要だと。イーロン・マスクも手法が強引だと批判されて政権から去りますが、日本的価値を全人類が標榜しなければならないという評価は、日本人が賛同できるのではないでしょうか。
 イーロン・マスクは、自由人で、何かのイズムに固執するのではなく、キリスト教に出会っています。彼は日本的価値を評価しながら、自身が神に出会った体験を話しています。また、空海の密教のようなことを実践していて、沈黙が持つ力など自分の体験を入り口にして日本的価値観を評価しています。行き過ぎもあるでしょうが、大きなことをやっていると思います。
 逆に言えば、今はここにしか希望がないところまで人類は追い詰められているということではないでしょうか。
 私は毎月、グローバル教育についての講演会をズームで開催して、このようなことをお話ししています。良い意味の人類のリセットをやるべきだと、日本の良識ある人たちが声をあげるべきだと思うのです。その具体的な目的は、核のコントロール、「愛国教育」を超える、急速に発達するテクノロジーを暴走させないような倫理観などに目を向けていく、といったことです。

 物事を認識する三つの視座
 中高生を対象にしたグローバル教育では、物事を認識する視座として次の三つを提示します。①自国(国内目線)、②世界目線、③メタ(超)です。①の国内目線は皆持っています。②は地球規模の目線です。もう一つ、③には宗教も入ります。この三つが必要だと考えています。これがなければ、物事を本当に理解して、問題解決の方向に進めないわけです。今の日本人に足りないのは、②世界目線と③メタ(超)ですね。宗教を嫌う人が多いというのは、メタがわからなくて、誤魔化されていると思っている人が多いということだと思います。
 例えば、米中のイデオロギー対立は世界目線だけでは解決できないわけです。その上(above)に立たなければならない。上に行くということは、人類共通の価値観、メタの方に行くべきだということです。そういう意味からも、現代は「メタを追求する時代」だと言えますね。そのメタが日本的価値。メタで結び付かなければ究極の人類の変化は起こせない。言い換えると、イズムの対立、主義主張の対立とか、人格を否定し合うとか、人間関係を認めないとか、その次元ではダメだということです。

 ポジティブに捉える生徒
 ──教育を受けている生徒たちの様子はいかがでしょうか。
 生徒たちは暗くもならないし、自分たちの頭で物事を考えるようになってきています。
 今実践している高校では、最初の参加人数が450人、昨年は400人、今年は450人が受講しています。その中の上位の1割から2割は本当に有り難く思ってくれて、グローバル教育の価値観は自分たちが生きていく上で必要だと、ポジティブに捉えてくれています。
 真ん中の層の生徒は、ここから何かを学びたいという、漠然とではありますがポジティブな意識で聞いてくれています。あとの1割は、最初はそれほどではなかったのですが、周囲に刺激を受けながら、聞こうという意識を持つようになってくれました。
 大事なことは、1年生担当の10数名の教員に、グローバル教育とは何かということを別に機会を持って理解してもらっていることです。具体的に生徒たちの援助をお願いすると、むやみに手を貸すのではなく、必要な時を捉えて支援して下さいます。
 この実践が可能になったのは、同校の理事長がグローバル教育の目的を理解して下さったからです。理事長は日本を背負って立つリーダーを育成するために、16年かけて新たに小学校を設立し、それを全国展開する構想を持っておられます。
 グローバル教育のプログラムは8章から成っています。2001年に起きた9・11事件の後、私がアメリカで作成したプログラムを日本に持ってきました。異なる時代、異なる地域に出現した様々なリーダーたちが、危機に直面した時にグランドルールを作るか手に入れて、求心力を回復して、民と一緒に社会をつくっていく。つまり危機を脱したケースをバーチャルトリップで理解して、それを応用して、80億の人類がメタの世界を理解するようなグランドルールを私たちで作りましょうと生徒たちに呼びかけ、実際に作るところまでやってプログラムを終えます。ですから、生徒たちは自分たちで作ったという達成感があるのです。
 一番大事なのは、自分のアイデンティティーです。残念ながら日本人にはこれがありません。


 
 メタの体験
 ──生徒たちにはどのように問いかけるのでしょうか。
 例えば「あなたがモーセだったら、どうするか」と問いかけます。数十万人とも言われる民を引き連れて、約束の地に行く。自分は神の声を聞いたので、絶対に実現しなければならない。しかし現実は、パンが数切れ、ぶどう酒もわずかしかない。これで民がどのように飢えをしのぐのか。これはまさしくメタの世界です。
 イスラエルの民は、奴隷という最下層から、神から選ばれた民になるわけです。つまり、マイナスから一気にアイデンティティーが上がるわけです。それが、モーセが神の言葉が書かれた石板を授かってシナイ山から降りてきた瞬間です。まさにメタの体験です。このようなアイデンティティーの上昇が日本人の生徒に起こればいいのです。
 それから大事なのは、「こうしなさい」と言わないことです。具体的な例を出して、考えてもらって、答えが間違っていても、いったん皆で受け入れて拍手を送ります。
 また、生徒たちに物事の悪い面を一方的に教えるのではなく、事実を一つ一つ伝えるのです。三つの視座がなければ、物事がよく見えないのだよと。三つの視座があって行き来したり、自由に考えたりする。そして当事者意識を持たないと、物事が見えないということを教えていきます。
(文中敬称略)


 あつみ・いくこ グローバル教育の創始者のひとり。株式会社グローバル教育代表取締役。1980年代に、青山学院大学助教授から米国ボストン郊外のハイテック地帯に移住、21世紀型研修会社を起業。オランダの学者たちとグローバル教育を開始した。タイム誌で紹介され、DuPontワールドワイド、米IBM、UTC、北米Hondaなど世界トップクラスの企業を顧客とする。9.11米同時多発テロをきっかけに、世界の子どもにグローバル教育を提供する必要があると痛感。2007年帰国後、日本の大企業、中高等学校をとおして個人と国の自立を促進するため尽力している。「“世界で戦える人材”の条件」(PHP)、「文化の世界地図」(世界地図社)、代表プログラム〈地球村への10のステップ〉。