「己を超える存在」を認識する

2025年2月10日付 820号

 

 先月13日の「成人の日」。新たに109万人(昨年中に18歳になった人)が大人の仲間入りをした。
 新成人は前年より3万人増えた。ただし、人数が公表されている1968年以降では2番目に少ない。男女別では、男性が56万人、女性が53万人である。
 2022年4月に成年年齢が20歳から18歳に引き下げられた際、大人としての責任感や規範意識が育つのかといった懸念の声もあった。今は移行期とも言えるが、成人となれば自身のことだけでなく、少子高齢化や環境問題をはじめ現代の社会課題に全く無関心というわけにはいかなくなる。社会貢献などに関心を持つ若者も増えているというから、今後に期待したいところだ。
 一方で、深刻な問題を抱える若者も少なくない。その中には若い世代特有の悩みもあろうが、国際調査では日本の若者の幸福感、ウェルビーイングが低いという結果も出ている。繰り返し指摘されることだが、現代は子供や若者たちにとって〝生きにくい〟状況があることも確かだ。
 では、子供や若者が生きがいを感じるよう成長していくためには何が必要であろうか。もちろん悩みを相談できる体制など具体的な支援は不可欠であろう。
 それと共に、ここではユング心理学者で文化庁長官も務めた故・河合隼雄氏の言葉を紹介したい。河合氏は1983年の著書で、「大人になること」が難しい時代になっていると指摘している。河合氏によれば、若者が大人になるためには「己を超える存在を認識すること」と「自分の拠り所となる世界観を持つ」ことが重要だという(『大人になることのむずかしさ』岩波書店、1983年)。
 本来は、大人への通過儀礼(イニシエーション)を経験することによって、それらを持つことができた。通過儀礼として河合氏が例にあげるのがまさに成人式である。過去の未開社会における習慣を見ても、成人を祝う儀式にはもともと宗教的な意味合いが込められていたという。しかし、子供の成長の過程から、そうした体験の機会がなくなっていく。
 また、河合氏は「永遠の同伴者」という概念で家族関係を説明している(『家族関係を考える』講談社、1980年)。同書は、夫婦、親子、兄弟姉妹というタテ・ヨコの関係で人が生きていく基盤となる家族を論じているが、家族の中心には「永遠の同伴者」が存在しており、家族はその顕現を感じ取っているという。これは家庭で伝えられる、先祖を敬うという伝統につながるものであろう。
 そしてもう一つ挙げるとすれば、子供や若者には乳幼児期からの成長を支える環境、つまり家庭を中心として育つ環境を整えることが重要である。
 こども家庭庁の専門部会は「はじめの100か月」の大切さを掲げている。これは母親の妊娠期から小学1年生頃までの期間を指しており、この期間を支えることが生涯にわたるウェルビーイングの向上に重要だという。
 乳幼児は愛着(アタッチメント)という、不安な時に身近な大人が寄り添ったり安心感をもたらす経験を繰り返すことで、「安心の土台」を獲得する。その安心の土台の上で、他の子供や大人、モノ・自然・場所・絵本など身近なものと出会いながら、興味関心に合わせた遊びと体験を重ねていく。これも乳幼児の通過儀礼と言えるのではないか。さらに、保護者や養育者の支援や、地域の空間、施設や文化といった「環境や社会の厚みを増す」ことも必要だと述べている。
 河合氏の言葉からは、子供や若者が大人になるためには家庭や地域コミュニティでの宗教的価値の継承が大きな意味を持つことが分かる。こうした継承をどのように展開するのか。家庭教育が中心になるだろうが、わが国の未来を考える上で最も重要なテーマの一つであろう。