八瀬の赦免地踊り、女装少年の無言の列

連載・京都宗教散歩(36)
ジャーナリスト 竹谷文男

女装した少年の列が秋元神社へ向かう

 京都市左京区八瀬の山里にある秋元神社で10月13日夜、白い花小袖を着て女装した少年8人が、ロウソクの灯をともした切子燈籠を頭に載せて、神社の境内に練り入る「赦免地踊り」が奉納された。切子燈籠は高さが約80センチ、八角形で、各面には武者や鳥獣などが細密画のように丹念に小刀で透かし彫りされたものだ。祭列の主役は灯籠を載せた少年で、「灯籠着(とろぎ)」と呼ばれ、他にも赤い小袖に手甲脚絆(きゃはん)を着けて花笠を被った少女たち、音頭取りや灯籠着を介添えする人々などが加わった。
 祭列が神社の階段を登り終えるころ全ての明かりが消され、漆黒の闇の中を灯籠着の少年たちは境内に入り、櫓(やぐら)の回りを回ってひとまず、灯籠を外して檀上に並べた。境内に設けられた舞台では、少女たちが「花摘み踊り」や「汐汲み踊り」を奉納した。少女たちの踊りが終わるごとに8人の灯籠着は、介添人に切子燈籠を持たせて、櫓の周りを無言で3周回った。
 少女達の踊りに舞台の下で拍子木を打っている婦人は、「八瀬の小原女(おはらめ)」の正装だった。四隅に房がついた「縫いの手拭」を被り、細帯、前掛けをつけ、かつて八瀬の女性が宮中で御奉仕していた時の装束だ。八瀬と宮中との関わりは相当に古い。
 伝えによると、大海人皇子(後の天武天皇)が壬申の乱で背中に矢傷を受けた後、八瀬に来て竈風呂(かまぶろ)に入って傷を癒やしたという。今も祭では、村人が「背」の字に矢が3本描かれた上着を着ることがある。八瀬はもともと矢背、あるいは癒背と書かれていた。八瀬小学校では今も校章にこの「矢背」の意匠を使っている。
 時代は下って南北朝の延元元年(1336)、後醍醐天皇が足利尊氏に攻められた時、八瀬の13家長が武器を取って護り、輿を担いで比叡山を越えたという。この功によって八瀬の村民には、宮中での奉仕と、大喪の礼において天皇の棺を担ぐという名誉ある任を与えられ、また地租所役の永代免除を与えられた(赦免地)。

少女の「汐汲み踊り」に八瀬の小原女の衣装で拍子木を打つ婦人

 かつて八瀬の村人は、長い髪を垂らし草履をはいた子供のような姿、いわゆる“大童”だったため、“八瀬童子”と呼ばれていた。八瀬童子は、後醍醐以降全ての天皇の葬列に参加したわけではないが、例えば明治天皇の大喪の礼では、東京で棺を載せた輿である葱華輦(そうかれん)を担って歩いた。
 赦免地を持った八瀬の村民は、延暦寺の寺領である比叡山に立ち入って柴を集めることが許されていた。しかし、5代将軍徳川綱吉の時、宝永4年(1707)突然、延暦寺は「結界」と称し、八瀬童子は寺領に立ち入ることを禁じられた。山で柴を拾い山菜を集めて、はるばる京の街に売り歩いて生計を立てていた八瀬の村人にとっては、死活問題となった。
 そこで八瀬童子は江戸まで出向いて、公家の近衛基煕(もとひろ)卿の縁を頼って幕府に愁訴した。待つこと3年、宝永7年(1710)、八瀬村の主張を認める裁決が幕府によって下された。延暦寺の山林への立ち入りは認められなかったものの、その代わりの救済措置として、八瀬にあった寺領・私領を他所へ移し、もとからの土地を幕府が買い上げて直轄地として、そこへ村民の立ち入りを認めて生業を保証し租税も免除する「赦免地」とした。八瀬童子がどれほど喜んだかは、想像できよう。
 この背景には、「生類憐れみの令」などの仏教的な綱吉の政策から、6代将軍家宣の儒教色の強い政策に流れが変わったことがあった。家宣の気鋭の側近だった新井白石は、この事件を『折たく柴の記』で「八瀬の叡山結界」として特筆している。家宣からの命を受けた白石は、「係争地を幕府が買い上げて、村民にはその買い上げた地で柴刈りや農業などの生業を許し、租税を免除する」という案を漢文で書いて提出した。家宣は同案を採用し、「村民でも読めるよう(将軍家宣が)自ら漢字仮名交じり文に書きかえられた」(前掲書)。こうして八瀬の赦免地が幕府からあらためて認められることになった。

「背」の字に3本の矢が描かれた上着を着た村人

 この裁決を表だって下したのが硬骨漢として知られていた老中・秋元但馬守喬知(たかとも)だった。しかし秋元は、この裁決を下したことによって幕府内の政争に巻き込まれ、自刃してしまう。村民は、恩人である秋元の突然の死をどれほど悼んだことだろうか。そして村民は、秋元神社を建てて秋元を祀り、毎年秋になると、非業の死を遂げた秋元を鎮魂するために「赦免地踊り」を奉納してきた。少年たちが頭に載せる切子灯籠は、秋元の魂が降りてくる依代である。
 そのためか、女装した少年たちが真っ暗な八瀬の山すそを、ほの明るい燈籠を頭に載せて歩く姿は、美しい葬列のようだった。

(2024年11月10日付 817号)