下鴨神社の「矢取神事」
池の斎串を奪い合う/京都市
京都市左京区にある世界遺産の下鴨神社(賀茂御祖神社)で立秋前夜の8月6日、罪汚れを祓い無病息災や長寿を願う夏越(なこし)の伝統行事「矢取(やとり)神事」が斎行された。境内の御手洗(みたらし)池には、御幣が付けられた50本の斎串(いぐし)が立てられ、その斎串を上半身裸の男性たちが水しぶきを上げて奪い合う。男性たちは〝裸男〟と呼ばれ、地元の府立洛北高校野球部の男子生徒たち約20人が奉仕した。
同神社の神事の中でも勇壮な神事で、斎串は長さ約60センチ、直径1センチほどの竹の片側に紙垂(しで)が挟み込まれ、同神社の神紋である二葉葵が焼印されている。矢のような形をした斎串であることから「矢取神事」とも呼ばれている。下鴨神社の祭神である玉依媛姫命(たまよりひめのみこと)が、川から流れてきた矢(丹塗りの矢)を持ち帰って部屋に置いて寝ると懐妊し、賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)を生んだ伝承にちなむ。また、楼門に立てられた大茅の輪も、この日に合わせて作られた。
御手洗池は、境内摂社である井上社の井戸から流れ出し、深さ50センチほどのゆったりした流れになる。井上社の祭神は罪穢れを清める瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)で、池は縄文時代から続く「糺(ただす)の森」の中にあり、四方をかがり火で照らされる。池の中には大の斎串2本と、それを囲んで小の斎串48本が円形に立てられている。
神職による大祓詞(おおはらいのみことのり)が奏上され、「エッサ、エッサ」の掛け声を掛けながら〝裸男〟たちは池の南北の岸辺に分かれて入ってきた。そして、氏子や参拝者らが奉納した厄除けの人形(ひとがた)が神職の手によって池に撒かれると、一斉にしぶきを上げて池に飛び込んだ。
白い人形がかがり火に照らされて宙を舞う中、半裸の男性たちは御幣の付いた斎串を奪いあった。斎串を取り合って池の中でぶつかる男性たちの熱気は一瞬で終わり、もとの静かな森の夜に戻る。参拝者たちは、夏の夜の神社の森に出現した幻想的な光景の余韻を味わいながら、茅の輪をくぐり糺の森の参道を帰って行った。