イスラム教とどう向き合うか(上)

連載・カイロで考えたイスラム(38)
在カイロ・ジャーナリスト 鈴木真吉

 近年、各地でイスラム過激派によるテロが多発、収拾が困難視される中、我々はイスラム教に対しどのように向き合うべきか。人口で間もなくキリスト教徒を上回り、世界一の信徒数になり、影響力を高めるであろうイスラム教への対応を考えたい。
 まず、イスラム指導者にイスラム教の長所と短所を認識してもらい、自覚を促すことだ。イスラム教の長所は、総じて言えば、その信仰の強さ、家庭を大切にする姿勢、大ジハードの概念に見られる自己との戦い、一人ひとりが神と直接つながることを重視し、他人の信仰に過度な干渉をしない大らかさ、懐の深さなどである。
 彼らの信仰の強さがどこから生じるのか。その第1は啓示に対する信仰で、第2は、1日5回の祈りなど神中心の日常生活だろう。犠牲祭やラマダンなどの行事を通じて信仰の原点回帰を促し、信仰の維持発展に努力している。殊にラマダンは、家族や親族、信徒の一体感を強めさせ、日常コーランから遠ざかっている信徒でもこの期間だけはコーランを読み、モスクに通うことから、信仰の原点に帰る好機を提供している。更にこの期間、一生懸命断食に励めば、過去の罪が許され、新たな出発が許されるという信仰もあり、一年ごとに気分を新たにして出発することができる。これは信仰を維持発展させていく上で、イスラム教徒に限りない力を与えているものと思われる。
 ただ、信仰が強いあまり、他宗教への改宗を禁じるなど、個人の信仰の自由を阻害する傾向が強いのは短所だ。「改宗は死」という概念を、イスラム指導者が先頭切って捨て去り、信徒に信仰の自由を保証する懐の深さが求められる。我々はイスラム指導者に対し、信徒らの信仰の自由を妨害している点を認識させるべきだ。
 短所の第2は、イスラム教は総じて女性の権利を尊重しないことである。結婚や離婚、殊に離婚における男女の不平等は目に余り、財産の分与でも差別がある。妻は夫に従属すべきものとの感覚が一般的で、それに悩む女性は余りに多い。我々はイスラム指導者に対しその事実を直視するよう求め、女性差別の実態を認識させる必要がある。
 あるエジプト人外交官の妻から、赴任した外国で、夫からお金を渡されず、一人での外出も許されないとの切実な訴えを受けたことがある。世界を知っている外交官が、妻をそのように扱うとは信じられなかったが、事実であった。実母にだけは多額の金銭を渡し、宝石類を買い与えているので、彼女は離婚を決意していた。
 短所の第3は、テロなどイスラム過激派が起こす暴力行為に正当性を与える章句が聖典コーランやハディースの中にあるにもかかわらず、イスラム指導者や信徒は、概してそのことを認めず、「テロリストは自分とは関係ない」「テロリストはイスラム教徒ではない」として、弁明を重ねる傾向が強いことだ。
 テロリストはほぼ全員「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫び、斬首や殺害、自爆を行っており、まさしくイスラム教を信じるイスラム教徒だ。一般信徒ならいざ知らず、イスラム指導者は、まずコーランに暴力を肯定する章句があることを認め、コーランの章句が暴力をそそのかしている事実を確認すべきだろう。
 短所の第4は、イスラム教徒は概してイスラム法(シャリア)に固執すること。イスラム法を守ることが天国に行く必須の条件だと考えているからだ。ムスリム同胞団などは、各国にイスラム法を適用させ、世界をイスラム化することを目標としている。しかし、イスラム法には残虐刑が含まれ、時代錯誤的な刑法や家族法があり、近代国家への適用には問題が多い。神の命じた法なので改正できないという大きな欠点もある。我々はイスラム指導者に対し、イスラム法には多くの欠陥があることを認識させる必要がある。
 国や世界にイスラム法の適用を促す運動は、即座に停止させるべきだ。エジプトを拠点にアラブ諸国に根を張るムスリム同胞団は、トルコを支配し、欧米にも支部を設置して、世界各国にイスラム法の適用を迫り、全世界イスラム化を推し進めようとしている。イスラム指導者はその実態を把握し、運動を停止させるべきだ。イスラム教徒以外の住民にもイスラム法を適用することは、彼らにとって受け入れがたいことで、南スーダンがスーダンからの独立を求めた動機も、イスラム教の価値観を強制されたからである。
 イスラム指導者は安易に他の信仰を持つ民衆にイスラム法を適用すべきでない。我々はイスラム指導者に注意喚起をしつつ、国際的な常識を基準にした法の施行を目指すよう忠告する必要がありそうだ。
 現在、ムスリム同胞団国家と見なされている国は、スーダン(バシル大統領)、トルコ(エルドアン大統領)、エジプト前政権(モルシ前大統領)、パレスチナのガザ(支配勢力のハマスはエジプトのムスリム同胞団を母体に生まれた)などだ。ヨルダンやモロッコでも勢力を拡大し、英国の首都ロンドンの市長にイスラム教徒がなったのも、背後の力は同胞団とされ、英国は欧州での同胞団の拠点になっている。フランスやドイツでもイスラム教徒は増加傾向で、難民・移民を標的にオルグし、欧州のイスラム化を進めている。(三井美奈著『イスラム化するヨーロッパ』新潮新書参照)
(2021年6月10日付 776号)

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