「普遍的価値」の基盤が揺らいでいる

宗教で読み解く世界情勢(62)
宗教問題アナリスト 小笠原員利

 米大統領選挙が実施された2020年11月は、ピルグリム・ファーザーズと呼ばれる清教徒たちの米大陸上陸からちょうど400年の節目であった。その後、独立戦争を経て1776年に建国された「アメリカ合衆国」は、わずか1世紀あまりの間に急速な発展を遂げ、二度の世界大戦で衰退した大英帝国に代わって米国の時代(パックス・アメリカーナ)を築き上げた。
 20世紀後半の東西冷戦が米国の勝利に終わると、米国流の民主主義こそが文明の最終形態であり、やがて全世界が「普遍的価値」を受け入れるようになるだろうとの楽観論が支配した。ほかならぬわが国も「自由、基本的人権、民主主義、法の支配」といった普遍的価値の最大の受益国の一つである。
 しかし、そうした楽観論は今や音を立てて崩れ始めている。世界の東側では、欧米流の普遍的価値を真っ向から否定する中国が影響力を強め、西側では、人々を性別や人種、はては性的指向や性自認で区別して対立を煽る「アイデンティティ・ポリティックス」が猛威を振るう。その結果、深刻化する分断状況が西側社会を内側から蝕み、自由や民主主義に対する信頼を深刻に毀損している。ピルグリム・ファーザーズの上陸から400年、「清教徒の米国」の再生を目指したトランプ氏の敗北と共に、米国と民主世界の方向性は再び混とんとしている。
 普遍的価値の興隆と衰退は、米国の繁栄の基礎となったキリスト教の盛衰と軌を一にしている。万民が等しく自由と権利を享受すべきとの考え方は、創造主への信仰を分かち合う共同体の感覚によって裏付けられていた。また、古典的名著『民主主義の本質』でリンゼイ卿が指摘したように、民主主義が機能するには、対話と討論によって神の意志を見出すことができるという相互信頼の感覚が必要だった。さらに権力や強大国による無制限の力の行使に歯止めをかける「法の支配」が英米で発展したのも、その概念がプロテスタントの人間観、世界観と親和性があったからだ。ちなみに日本が普遍的価値に適応することができたのも、おそらく「天」「道」などの東洋的概念や儒教道徳によって育まれた遵法精神と共同体意識が背景にあるだろう。
 逆に超越者を認めない無神論者が統治する中国、北朝鮮には個人の尊厳や人権を尊重する根拠が存在せず、「法」も、権力者が支配体制維持のために恣意的に用いるツールにすぎない。
 実際に中国共産党政権は、住民の多くが望まない法律を香港市民に強制し、自由を抑圧している。南シナ海では国際法廷の裁定を無視して実効支配を強め、「海警法」制定によって周辺国家に圧力をかけている。まさに日本の周辺地域では、法の支配などの普遍的価値が深刻な危機に晒されているのだ。
 翻って西側社会の混乱にも、無神論の共産主義が影響を及ぼしている。西側で勢いを増す女性、黒人や性的少数者に対する差別撤廃運動すべてに共通するキーワードは「人権」だ。しかし、この「人権」は、普遍的価値の一角を占める人権とは似て非なる概念である。後者が万民の人権を平等に尊重するのに対して、前者の「人権」は対立する人々を攻撃するための武器、ツールとして使用される。そして、その思想的ルーツが共産主義だ。
 代表的な女性運動を例に挙げよう。女性の地位向上を目指して出発したフェミニズム運動は、20世紀半ばに共産主義の階級闘争理論の影響を受け、男性と女性を支配・被支配の対立関係として捉える闘争的な性格を強めた。そこでは家族制度や性道徳、男女の区別までもが男性支配の象徴として罪悪視され、それらを価値視する保守勢力も攻撃の対象となる。
 その影響は日本にも及んでおり、最新の生贄として見せしめにされたのが森喜朗元首相だ。一旦、差別主義者のレッテルを貼られたが最後、その人物の人権や尊厳は全く尊重されない。森氏も「老害」などの辛辣な言葉を浴びせかけられ、公的地位も容赦なく剥奪された。このように人間を善悪に分け、対立と憎悪を煽る極端な運動は反動を生む。その結末は分断と混乱である。トランプ現象もオバマ政権による保守派への苛烈な弾圧が生み出したものだ。
 中国の覇権的行動と米国など西側諸国の混乱状況は、共産主義という共通の根を持つ。一方で、これまで民主世界を支えてきたキリスト教は、内外の共産主義に対抗する力を失いつつある。日本を含む西側諸国は普遍的価値の擁護を掲げるが、最大の問題は、それを支える人間観、世界観などの宗教的・思想的基盤があまりにも脆弱であることだ。
(2021年3月10日付 773号)