カトリックの分断とバイデン新政権

連載・宗教で読み解く世界情勢(61)
宗教問題アナリスト 小笠原員利

 1月20日、米国で正式にバイデン政権が発足した。投票日以降の約2か月間、トランプ陣営からは開票をめぐる不正や中国の関与などを指摘する声が相次ぎ、実際に多くの訴訟も提起された。それらの疑念は燻ぶったままだが、既に焦点は新たに発足したバイデン政権の政策、さらには2年後の中間選挙、4年後の次期大統領選挙へと移っている。
 就任演説でバイデン新大統領は分断の解消を訴えたが、その直後に発せられた大統領令の多くはトランプ時代の全面的な否定であり、保守陣営の激しい反発を呼び起こした。新政権の下での米国の再統合は期待薄と言わざるを得ない。信仰や価値観に根差した分断は、容易に解消されるものではないからだ。
 米国の分断は、米国民の7割を占めるキリスト教信者の分断でもある。なかでもカトリック教会の分断は大統領選挙の行方を左右するほどに重要な要素だ。2004年以降の大統領選挙では、カトリック票をより多く獲得した候補が当選しており、今回の選挙も同様であった。不正の有無は別として、バイデン勝利の要因の一つはカトリック票の奪還にあったと言えるだろう。
 出口調査によると、カトリック票は全投票数の実に25%を占める。前回選挙ではトランプ氏(50%)がヒラリー氏(46%)を4ポイント上回っていたが、今回は逆にバイデン氏(52%)がトランプ氏(47%)に5ポイントの差をつけた。票数にすると、全米で約350万票がバイデン氏側に移動した計算になる。これは接戦州においては無視できない規模である。
 バイデン氏がヒラリー氏と比べてカトリックからより広範な支持を受けたことには理由がある。実はヒラリー氏も投票数か月前の世論調査ではカトリックにおいて優勢を保っていた。しかし、当時のオバマ政権が連発した「LGBT」関連の政策がカトリック保守派の反発を呼び起こしただけではなく、一部ではカトリック系医療機関との法廷闘争に発展。同じ民主党候補であるヒラリー氏への警戒感が高まった。さらに、投票日直前に流出した選対幹部のメールの中にカトリックを侮辱するような文面が含まれていたことから、「反宗教的な候補」との烙印を押されてしまったのだ。
 一方のバイデン氏は、自らがカトリック信者であることを前面に出す選挙戦を展開した。バイデン陣営の宗教票、とりわけカトリック票重視の姿勢は、投票日後の言動にも表れている。バイデン優勢が決定的となった11月7日のスピーチでは、聖書とカトリックの讃美歌を引用し、「神と歴史が私たちに求める仕事に着手する」と訴え、就任演説でも正統信仰の基礎を築いたアウグスチヌスの言葉を引用した。多くのカトリック信者にとって、バイデン氏がヒラリー氏よりもはるかに好感の持てる候補であったことは間違いない。
 しかし、バイデン氏が推進する政策の多くは、カトリックの伝統的教理に忠実な立場からは受け入れがたいものだ。同性婚や性的少数者「LGBT」の権利拡大、妊娠中絶の支持などである。実際に米国カトリック司教協議会(USCCB)では、妊娠中絶を支持するバイデン氏に聖体拝領を禁ずるべきとの声も上がった。さらに、「LGBT」の権利拡大を推し進める内容を含んだ大統領令に対しては、USCCBの著名な幹部司教5名が共同声明を出して警告を発した。
 ただし大統領選での投票先が二分されていることに見られるように、カトリック教会は一枚岩ではない。中絶や同性婚についても、米国内の聖職者や敬虔な信者の多くが否定的である一方、米国信者全体では容認派が多数を占める。さらに現在のローマ教皇フランシスコは、カトリックの裾野を広げ、より多くの人々を招き入れることに焦点を当てているため、中絶、同性婚など「文化戦争」のテーマを取り上げることについては消極的だ。むしろ、社会全体のコンセンサスを得やすい気候変動、移民、人種差別の問題を好んで取り上げており、これらはむしろバイデン氏の掲げる政策に近い。その結果、早い段階でバイデン氏の当選を承認したローマ教皇庁と、厳しい姿勢を取る米国司教団との温度差が際立つこととなった。
 カトリック保守派は、福音派と並んで共和党トランプ陣営を支えた大きな柱の一つである。ローマ教皇庁と米国司教団、さらには敬虔な信者(トランプ支持が7割)と、より世俗的でリベラルな信者の間の分断がいかなる形で収束するかは、2年後、4年後の選挙結果も大きく左右する。まさに米国と世界の未来にも関わる重要事項なのだ。
(2021年2月10日付 772号)