イスラムの4大法学派

カイロで考えたイスラム(30)
在カイロ・ジャーナリスト 鈴木真吉

 アッバース朝時代の8世紀半ばから9世紀にかけて、イスラム法学者(ウラマー)が増えるに従い、特定の法学者を学祖とする法学派が形成されるようになる。それ自体は、学問の自由の観点からも好ましい。
 現代のイスラム教は批判されることを極端に嫌い、批判者にすぐ「死刑宣告」を下す傾向がある。聖典研究にも制限があり、アラビア語以外のコーランを聖典と認めないなど、かなり閉鎖的なイメージが強いが、この時代には、イスラム教自体内で自由な論議が交わされていた。

ハナフィー学派
 ハナフィー学派は最も寛容で近代的な学派と見られている。なぜなら、同派はコーランとキャース(類推)を法源とし、ハディースではなく地域的慣行や学者の個人的見解に基づく判断を重視するからだ。第4法源とされるキャースとは三段論法のことで、例えば、コーランではブドウ酒を飲むことが禁止されており、その理由は酩酊作用があるからだから、他の酒も禁止だと類推できる。
 また、キャースの援用によっても法的帰結が出ない場合は、裁判官がイスラム法学に基づき判断を下すことを認め、4大法学派の中で最も柔軟な法解釈が可能と見られている。実践的と言うよりは思索的・理論的で、現実問題に対して柔軟に対処することが出来るとされる。
 同派は比較的女性の権利を尊重する。例えば、成年女性は自分の意志で婚姻契約を締結できる。シャフィイー派では最近親者が、女性の意志に関係なく、結婚させる権利を有するのと対照的だ。また裁判で女性の証人が求められる場合、他の学派では複数の女性が必要だが、ハナフィー派では一人でも証言は有効である。離婚についても、他派より女性の権利が尊重されている。
 相続やワクフ(宗教的な寄進財産)、裁判官の権限と地位、刑罰についても他派と相違点がある。刑罰・制裁の適用もやや寛容で、背教は普通、死刑に相当するが、同派では女性の場合、投獄で済む。
 同派は、アッバース朝やオスマン帝国の公認学派でもあったので、トルコ、中央アジア、パキスタン、インド、中国などに拡大し、イスラム教徒の約30%が属している。
 同派の短所は、地域的慣行や学者の個人的見解を重視することから、いろいろな判断が生まれ、統一性を欠くことだろう。しかし、コーランにも矛盾したことが書かれていることは預言者自身が認め、その判断を神にゆだねているので、人間が下す裁定に矛盾が出るのは当然である。問題は、裁判官や法学者が下した判断を絶対視することで、信徒自身が神との関係において最終判断すべきだろう。
 もっとも、同派も基本はコーランなので、現代の価値観に耐えうるかどうかは疑問だ。

マーリク学派
 マーリク学派はハナフィー派に次いで大きく、イスラム教徒の約25%が属している。エジプトのアズハル大学を最大の拠点に、エジプト、アルジェリアなどの北アフリカや西アフリカ、サハラ以南のアフリカ、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、アンダルス(イベリア半島)などに広まっている。
 マーリク学派が他の3派と著しく異なる点は、法源をコーランや地域的な慣行、殊に学派成立以前のマディナの慣習法に求めることだ。ハディースに収録されているものだけではなく、4人の正統カリフ、特にウマルが制定した法であるイジュマー(ウラマーたちの総意)、キャース(類推)、ウルフ(すでに確立されているイスラム法と矛盾しない地方の風習)も重視する。同学派はマディナの人々の習慣はハディースに優先する。また、個人的意見を認めず、伝統的な法解釈をする実践的な派ともされる。同派の長所は、各種の具体的な法的判断を、かなり広い範囲に求めて、現実的な解決策を模索することだろう。
 短所は、マディナの慣習法を最優先し、個人的意見を認めないことだ。マディナの慣習法は、その時代には適法であっても、時代による価値観の変遷は反映されない。伝統的な法解釈に縛られ、柔軟性を失う可能性がある。現実的な解決を模索したとはいえ、マディナ慣習法の限界が気になる。
 イスラム過激派によるテロや暴力事件、残虐非道な事件が度重なるにつれ、アズハルは国内外からイスラム教徒に対する教育責任を問われている。それに対して、「彼らはイスラム教徒ではない」と答えてきたことが、トカゲの尻尾切りだと批判されている。
 エジプトのシシ大統領もアズハルに、イスラム教理から暴力肯定の部分を削除するなどの宗教改革を要請した。アズハルは当初、前向きの姿勢を見せたが、内部の抵抗で次第にトーンダウンしている。
 2017年4月、ローマ教皇フランシスコが、教皇としては17年ぶりにエジプトを訪問した。ISによるコプト教会(エジプトのキリスト教)迫害を停止させ、イスラム教指導者に責任ある行動を要請するためだった。16年12月から翌年4月にかけ、カイロとアレキサンドリア、タンタの3教会が自爆テロに遭い、74人が死亡した。国内外の批判を受け孤立するアズハルは、時代に対応した柔軟な姿勢が求められる。
(2020年9月10日付 767号)