バイデン当選がもたらすリスク

宗教で読み解く世界情勢(56)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 米大統領選は依然としてバイデン候補優位で推移している。7月下旬の各種世論調査でも、4〜10ポイントの差で軒並みバイデン氏がリードを保つ。一方、エマーソンの調査では現時点でも53%がトランプ大統領の勝利を予想しており、最後まで予断を許さないことも確かだ。4年前も直前まで圧倒的にヒラリー有利と見られていたが、結果はトランプ氏の勝利に終わった。
 4年前の大統領選挙でトランプ氏を強力に後押しし、今もなお、岩盤支持層として支えているのは福音派など宗教保守の人々だ。彼らには同性婚、宗教の自由など文化戦争における強い危機感があり、トランプ氏の、周囲の批判をものともしない強力な突破力に賭けたのである。とりわけ彼らが重視したのは最高裁の奪還だ。大統領選挙の前年(2015年)、最高裁は5対4の僅差で全米同性婚合法化を決定していた。宗教的理由で同性婚にサービス提供を拒んだ事業者への訴訟が続いたことも相まって、最高裁における保守派優位を確立することが保守派の至上命題となった。
 結果的に当選したトランプ大統領は彼らの期待に応え、これまでに2名の保守派の判事を任命し、最高裁の構成は5対4で保守派優位となった。さらにトランプ政権は、オバマ時代に、男女の性差を軽視し、性的少数者の権利擁護に偏った政策の多くを覆した。
 しかし、バイデン氏当選となれば、その流れは一気に反転するだろう。実際にバイデン氏は、トランプ政権の政策の多くを、オバマ時代の政策に戻すことを明言している。また、保守派優位になった最高裁だが、必ずしも保守派が期待する判決ばかりを出してはいない。宗教の自由を守る判決の一方で、性的少数者をめぐる訴訟では保守派を失望させる判決も下されている。
 こうした中、保守派の論客、ライアン・アンダーソンは、来るべき政治決戦に向けて保守派が危機感を持つよう促した。彼は、特に性の区別に関する問題に焦点を絞り、バイデン政権が成立することでもたらされるだろう複数のリスクを指摘した。
 一つは「性自認」にもとづく施設使用の問題だ。オバマ政権末期に定められ、トランプ政権が撤回した政策の一つは、公立学校の施設使用に関するガイドラインだった。オバマ政権は、全ての公立学校に「性自認」に基づくトイレや更衣室の使用を認めるよう求めた。これは心と体の性が一致しないトランスジェンダーに対する配慮だが、一方で、男性の体をもった人物が女子トイレなどプライベートな空間に入り込んでくることに不安を覚える女性もいる。実際に性犯罪被害者を支援する女性団体も、この点に重大な懸念を示した。
 また、スポーツでも深刻な問題が出てくる。実際にオーストラリアでは、男性から女性に性別を変えたトランスジェンダーがハンドボール女子代表として国際大会に出場した。しかし、身長189cm、99kgという体格に加え、男子代表選手でもあった「彼女」を、他の女子選手と同等に扱うことが果たして公正といえるのか、疑問の声も上がっている。しかし、一律にトランスジェンダーを「性自認」に基づいて扱うなら、遠からず、あらゆるスポーツで同様の課題が出てくるだろう。
 最後にホルモン治療や性転換手術を含む、性別移行をめぐる問題がある。性的少数者の人権擁護の世論が高まる中、本人が望む性別移行処置に反対することは難しい。ただし、性別の移行は、強い副作用を伴う危険な処置だ。まして、思春期以前の子供の「性別違和」のおよそ8割は大人になるまでに解消する。性別移行処置の後で、元の性別に戻したいというケースも少なくないのだ。
 例えば16歳のペニーという少女は、インターネットの影響などで、自らをトランスジェンダーだと思い込み、医師の指導のもとで男性ホルモンを服用。15歳で両乳房を切除する手術を受けた。しかし手術後に彼女のうつは悪化。以前にもまして自己嫌悪に苛まれるようになり、精神病院に入院した。彼女は入院中に「性別違和」が誤りだったと気づき、現在はインターネットの募金サイトで胸部再建手術を受けるための資金を集めている。
 ただでさえ保守派は差別主義者とみなされることを恐れ、自由な発言を封じられている。このうえトランプ政権を失えば、上記のような懸念は現実のものとなる可能性が高い。若者を中心に左傾化も進んでいるが、伝統的な性概念の崩壊を危惧する宗教保守にとって、今回の大統領選挙が持つ意義は極めて大きいといえるだろう。
(2020年8月10日 766号)