『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(1896〜1933年)

文学でたどる日本の近現代(11)
在米文芸評論家 伊藤武司

未完の代表作
 「雨ニモマケズ…」の詩で知られる宮沢賢治は、童話作家、詩人、劇作家、また学校教師、農業科学者、農業指導者、童話劇の作詞作曲やエスペラント語の詩作もしている。
 岩手県花巻で富裕な家庭の長男として生まれた。仏教信仰に篤い父のもとで仏典、特に法華経を学び、内村鑑三の書籍も手にしていた。青年時代から詩を読むようになり、後半、トルストイの生き方や思想からも大きな影響を受けた。
 今日、彼の名は広く知られているが、在世中は岩手県の限られた範囲でしか活動せず、この地域と深く結びついた生涯を送った。多くの童話や詩を作りながらもほとんど世にでることはなく、膨大な未完成・未整理の作品を遺している。
 第一詩集「春と修羅」は生前に自費出版したもの。擬態語や擬音語などが多用され、カタカナの語彙も多彩である。「風の又三郎」の冒頭は「どっどと どどうど どどうど どどう。青いくるみも吹きとばせ すっぱいくりんもふきとばせ どっどと どとうど どどうど どどう」。ひらがなの連続音が、緩急自在に吹く風のリズムを見事にとらえた名作である。
 「ポラーノの廣場」からはカタカナ語をひろいだせる。モリーオ、ファゼーロ、ミーロ、テーモ、デステッパーゴなどなど。「注文の多い料理店」「よだかの星」「なめとこ山の熊」「グスコーブドリの伝記」も同じで、本稿を書きながら、「バナナん大将」の劇童話を高校の学園祭で催したときのことを懐かしく追想した。
 彼の最大の童話とされる『銀河鉄道の夜』も、死のまぎわまで推敲されながら完成しなかった。賢治は4度の大きな書き換えをしている。創作上の心性がかかわっているからか、内容は実に難解で、研究家が長く解明に努めてきた。
 無数の詩群と童話を書いた賢治は、詩に心象スケッチという呼称を与えた。『銀河鉄道の夜』も心象スケッチの一部と述べている。心象スケッチとは、目に映る光景や、胸中に浮かんでくる意識の束、インスピレーションを、そのままに活写する行為で、芸術的な装飾をほどこす詩の形式とは異なる。天賦の詩人の魂をもつ彼にしてなせる業と言えよう。
 童話の構成には賢治の文学的資質が色濃くからんでいる。原稿に書いた文章を消しては直し、加筆し、用紙の裏側、余白に図形や数字などを描き、黒のペンの後には赤鉛筆や毛筆になり、書きかえた文章を別紙にまぎれこませるといった具合である。紛失した遺稿文も少なくない。「雨ニモマケズ…」の詩は、死後、カバンの底にあった一冊の手帳から発見された。
 賢治の童話は児童むけの童話とはいえない。サン・テグジュペリの『星の王子様』と相通ずるところがある。しかし、ユニークな手法には独特な趣きが強く、普通の童話作家としてはくくれない異色の芸術家といえる。では大人の童話として、作品の本質をはたしてどれほど捕捉できるだろうか。ともかく、多様な思想、仏教やキリスト教の教え、地質学や天文学の科学的用語などがふんだんに詰まっている。
 『銀河鉄道の夜』が未完なことにも興味が尽きない。37歳の若さで亡くなったこともあるが、それ以上のものがあるのである。
 童話は秋の星祭りの日の午後、学校の理科の授業風景から始まる。黒板につるされた星座の図を示しながら、先生が銀河のレクチャーをしている。主人公のジョバンニと親友のカムパネルラがいる。無数の星がぎっしりと集まっている天の川の講義を、専門家は、科学者としての賢治の観察眼が働いていると説く。
 授業が終わり、ジョバンニは、星祭りをむかえる街中の飾りつけを見ながら家路をたどる。子供たちは新しい着物を着て、星巡りの口笛を吹いたり花火を燃やしたりしている。
 病気のため家でふせっている母親のため、牛乳を買いに再び外に出たジョバンニは、いつもいじわるをするザネリとすれちがう。時計屋の中を見ると星座の早見表が掲げられ、アルコールランプで動くモデルの汽車がゴトゴト音をたてながら回っている。ジョバンニは、「その中をどこまでも歩いてみたい」と願うのであった。橋をわたり、街外れの丘の上へのぼりつめると「俄かにからんと空がひらけて、天の川がしらゞらと南から北へわたってゐるのが見え」草の上に身を投げだした。やがて遠く星の広がる下でいつしか深い眠りの世界へすべりこんでいった。
 気がつくと、ジョバンニは小さな汽車に乗っている。夜の銀河ステーションを出発する声が聞こえる。あたりは一度に明るくなる。そして、がら空きの軽便鉄道が走り出すと「天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした」。ジョバンニが一つ前の席に座っている若い男の子をみると、親友のカムパネルラであった。ステーションでもらった「円い板のやうな地図」をぐるぐるカムパネルラは回している。ジョバンニとカムパネルラは一緒に、天の川をめざして宇宙への旅についたのだ。

死者たちが乗る汽車
 この童話の基本的なスタンスを記しておきたい。初めて本作品を手にする人は、童話がくりひろげる幻想的で華麗な銀河の旅の中身が、天空を走りまわる汽車での快適で楽しいストーリー、スケールの雄大なファンタジーを想像するかもしれない。日本人、アメリカ人、ヨーロッパ人などインターナショナルな人びとが一堂に集う感動的な出会いの場が用意されているのである。
 しかしながら、金剛石、水晶、燐光、月長石、硫黄、水銀、サファイア、トパーズなどがきらめく銀河の世界をめぐりながらも、ジョバンニの心中は、孤独とすっきりしない寂しさや孤独感にさいなまれつづけるのである。金銀宝石が散りばめられた天の川の描出は、彼が傾倒した法華経の教え、全宇宙にみなぎる生命の力の反映といわれている。紅い孔雀やさそり座の燃える赤い火の叙述も仏典と関係があるようだ。
 銀河鉄道で宇宙を旅する人びとは死者ばかりである。唯一、主人公のジョバンニだけが生身の人間という設定。つまり、死者たちを乗せた汽車が、壮大な銀河のただ中を突き進んでゆくのである。
 汽車が走る天の川の周囲は、一面銀色のすすきが風でサラサラと波うっている。河原は燐光がまばゆく輝き、紫色、虹色に光っている。野原には「燐光の三角標」が立っている。これは星座を定める支柱なのであろう。橙色、黄色など様々な大きさの青白い微光がかすんで、三角形や四辺形などが野原いっぱいに並んで光っている。やがて銀河の河床のかなたに、「金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立ってゐる」白い十字架のある島にさしかかると、車内の乗客たちは「ハレルヤ、ハレルヤ」の声をあげ、バイブルを胸にあてたり、水晶の数珠をかけて指をくみあわせ、膝をおりながら祈りはじめた。いつのまにかカトリック風の修道女の姿もみえる。
 白鳥座のステーションに到着すると、「二十分、ていしゃー」の合図。2人で水晶細工のイチョウに囲まれた駅舎をでると、銀河の青い光の中に幅のひろい道が河原へと続いている。河原の砂はすべて水晶や鋼玉の粒でうめつくされ、水は「水素よりももっとすきとほってゐたのです」
 川辺の崖の下で、5、6人が何か作業をしている。傍の岩の中には無数の大きなクルミの実が見える。それは120万年も昔の化石であった。学者らしい男性と助手たちが地層からなにか動物の化石を堀りだしている。この光景は、賢治が北上海岸の泥炭層でクルミの化石を発掘した事を連想させる。
 汽車にもどると、鳥を捕る人が乗ってきた。赤ひげのボロボロの外套を着たその人は、ツルやガンやサギが、「天の川の砂が凝(かたま)って、ぽおっとできる」のを捕まえ、押し葉のようにくるくる巻いて布袋に入れるのである。サギの肉を分けてもらって口にするジョバンニは、「チョコレートよりもおいしいお菓子」の味にビックリしてしまう。
 やがて分かったことは、この世界には農夫もいて農耕をしている。農業指導者として農民たちと共に生活したことがこの一節にこめられているようだ。天界では、「大ていひとりでにいゝものができるやうな約束になって」いて、「種子さえまけばひとりでにどんどんでき」「米だって10倍も大きく殻もない」という。つまり、なんでも思ったとおりになる「四次元的な」環境なのである。もらった香りのよいリンゴの皮をむいて食べようとすると、皮は地面に落ちる前に灰色に光って蒸発してしまうのでした。心服しているトルストイとのつながりを感じさせる一コマである。「黄金(きん)と紅でうつくしくいろどられた大きな」リンゴはトルストイの好物であった。
 銀河の真ん中あたりにさしかかると、「大きな建物が4棟」建っている。屋根の上には「青宝石(サファイア)と黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとほった球が、輪となってしづかにくるくるとまはってゐました」。
 そこに赤い帽子の車掌が切符のチェックにやってきた。ジョバンニが紙切れを見せると、「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」と聞く。傍らにいる鳥捕りの男も、「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんたうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。……なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまでも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね」となにやらうらやましげである。
 つづいていつのまにか、3人の人物が車内に現れた。背の高い家庭教師のような男性と幼い男の子と12歳の姉で、「女の子はいきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまひました」。氷山の漂う北の海で遭難し、サウザンクロス(南十字星)ステーションで下車する3人である。1912年の海難事故、タイタニック号の沈没を引き写したような場面である。
 ジョバンニはというと、「どうして僕はこんなにかなしいのだらう」との想いにかられ「もう何とも云へずかなしくなって、また眼をそらに挙げ」たり、「あゝほんたうにどこまでも僕といっしょに行くひとはないだらうか」と独白し、「また泪でいっぱいに」なるのでした。
 高い崖に汽車がさしかかると、遠くからなにかシンフォニーの音色がかすかに流れ、突然、地平線の果てまでつづくトウモロコシ畑が出現する。汽車は急角度で崖の水底へ降りてゆく。そしてアメリカインディアンが馬に乗って走りすぎる傍ら、「新世界交響楽」の感動的な旋律が響いてくる。またケンタウルス座の村では、祭りの真っ最中、無数の豆電球がまるで蛍のように光っている。

ほんとうの幸せ求め
 やがて銀河の旅も最終駅のサウザンクロスに到着する。いろいろな色でちりばめられた十字架が、「一本の木という風に川の中からたってかゞやきその上には青じろい雲がまるい環になって後光のやうにかかってゐるのでした」
 どこからともなく讃美歌を合唱する大勢の人の歌声が伝わってくる。皆の祈り、「ハレルヤ、ハレルヤ」の声、そしてつつましい深いためいき。喜びと感謝でわきたつその場は、仏教信者やキリスト教徒やその他の信仰の人びとが、天をめざしている国際色豊かな大集合であった。カムパネルラの姿はいつのまにか消えて見えない。
 ところでジョバンニはどうしても皆と一緒に喜ぶことができない。「僕はどうしてもっと愉快になれないのだらう。どうしてこんなにひとりさびしいのだらう」かと憂鬱な気分にとらわれ、思わず「こんなのが幸福な世界じゃない」「天上へなんか行かなくたっていゝじゃないか」と叫んでしまうのであった。
 そして「もうこの人のほんたうの幸(さいわい)になるなら……」の声が口をつき、「ほんとうの幸」に思いをめぐらすのである。賢治の痛いほどの苦衷の心の動き、屈折した心理的変化、魂の叫びを見定めなければならないだろう。
 この長編童話は、仏教、キリスト教などの既存の宗教観を尊重しつつ、それらを融和する道を暗示している。彼をつきあげる情念は、評者たちが論点の対象とする、「たったひとりのほんたうのほんたうの神さま」の下にあるという一事であった。この地上に生を受けた人類と全生命をつつみこむ生きた神という概念なのである。
 ひとときの夢から目覚めたジョバンニは一目散に丘をくだり、牧場で熱い牛乳をもらうと街中へ戻って行く。すると、川にかかった橋に警察官をまじえ人だかりがしている。カムパネルラを探しているというのだ。星まつりの準備中、舟から川に放り出されたザネリを救うために飛びこんだまま行方不明になったという。童話の中での「川へははいらないでね」とジョバンニにかけた母親の言葉や、「少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいといふふうでした」というカムパネルラの様子が思い返される。ジョバンニが心配している父親も北の海の漁にでかけたまま、いまだ帰港していないのだ。
 こうして楽しいはずの銀河世界の旅は、反転して、さびしく悲しいストーリーでもあることがわかる。『銀河鉄道の夜』の内実は、生者と死者たちが、別々の道をたどるという別離のストーリーで、天の高みへとむかうのが死者たち、一人地上へもどって来たのがジョバンニ・賢治なのである。
 死者たちが浄化されながらめざす天上の世界が、はたして万人がゆくべき世界なのか、賢治には正直不明らしく、童話は未完成のままに終結する。

理想郷をめざして
 『銀河鉄道の夜』の創作には、2歳違いの妹とし子の死が決定的にかかわっているといわれている。傑作詩集『春と修羅』の「永訣の朝」「青森挽歌」「オホーツク挽歌」「無声慟哭」などの鎮魂歌から、若くして病死した妹を悼む賢治の心根が魂に伝わってくる。
 限りなく高い理想を追い求めた賢治の生涯。それは比類のない詩魂と霊的宗教性にあふれた資質と科学者の精神をあわせもつ生き方であった。彼は童話や詩や戯曲の創作活動のみに執着したのではなかった。書き遺した文学的創作群の先には、彼を牽引する最後の仕事、「羅須地人協會」の設立によって岩手に理想郷をめざす営みがあった。
 「イーハトーブ」と言われるユートピアの成就は、悲しみや苦しみの多い地上に、皆が幸福になれる雛形として、農民たちと理想の実現に献身することであった。他のために生きた賢治は、生命の灯が消える瞬間まで志を高くもち続けた人物である。(2020年8月10日付 766号)