冷戦終結30年とローマ教皇来日

2019年12月10日付 758号

 教皇フランシスコが日本訪問で語ったメッセージは、日本のカトリック信者や国民だけでなく世界に向けてのものだった。そこから日本と世界人類への愛、冷戦終結から30年の世界を、次の時代に動かそうとするビジョンを感じた人も多いだろう。
 広島、長崎で教皇は、「核兵器や他の大量破壊兵器の保有は、平和と安定という望みをかなえる回答にはならない」と核廃絶を訴え、「世界の平和と安定は、恐怖や相互破壊、相手を壊滅させる威嚇に基礎を置くいかなる取り組みとも相いれない」と述べた。
 米国とロシアの中距離核戦力(INF)全廃条約が失効し、北朝鮮やイランが核開発を進め、核拡散の危険が深まっている。さらに中国は、米国に対抗する第二の大国として軍事力を増強している。教皇の踏み込んだメッセージには、こうした現状への危機感が背景にある。

いのちと平和の大切さ
 唯一の被爆国であり、核廃絶を訴える日本だが、核の脅威が現実に存在する中、米国の核の傘で何とか平和を維持している。力の均衡が崩れると、現状の平和が破壊される恐れがあるため、ただちに核の抑止力を否定するのは現実的ではない。教皇のメッセージは、世界の指導者が目指すべき目標であり、教皇と会見した安倍首相も「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、粘り強く『核兵器のない世界』実現へ尽力していく」と強調した。
 天皇陛下との会見では、もう一つの関心である環境問題への取り組みなどが語られた。陛下は「日本の人たちに心を込めて寄り添っていただいていることに感謝します」と謝意を述べられた。
 若者たちとの集会や東京ドームでのミサで教皇は、いのちの大切さを強調し、参加した一人ひとりを勇気づけ、深い内省を促し、強い印象を残していた。
 1989年12月2日から3日にかけて、地中海のマルタで行われたブッシュ米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長の首脳会談で、第二次世界大戦末期、45年のヤルタ会談から44年間続いた東西冷戦は終結した。それから30年の今年、米ロは互いに不信感を募らせ、核兵器をはじめ新たな軍拡競争に踏み出す危険が増している。その背景にあるのは、冷戦終結に関係なく共産主義の独裁が続く東アジア、とりわけ核脅威の震源地としての中国と北朝鮮である。
 教皇は11月23日、タイから日本へ向かう特別機内で、中国、香港、台湾に向け、平和を願い祝福を伝える電報を送った。ローマ教皇庁(バチカン)は中国と昨年9月に歴史的な和解を果たすなど関係改善を進めている一方で、現在も台湾と外交関係を維持しており、バチカンは台湾がヨーロッパで国交を結んでいる唯一の国である。
 カトリック信徒の増加が見込めるアジア、特に中国に教皇が関心を寄せるのは当然であろう。北朝鮮も、平壌がかつて東洋のエルサレムと呼ばれたほど、キリスト教信仰が根付いていた国である。
 米国と世界を二分するほどの勢いの中国は、IT技術の進歩をてこに歴史の流れを変え、「デジタル・レーニン主義」と呼ばれる別次元の社会を実現しようとしている。5G技術で画像認識を高めた監視カメラを国中に設置し、個人情報を含むビッグデータを共産党が独占することで、歴史上かつてない監視社会が現出されつつある。
 そこでは、経済発展や個人レベルの情報機器の発達で、民主的な社会が実現されるとしてきた欧米的歴史観の常識が通じない。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場するビッグ・ブラザー以上の力を習近平政権は手にしかねないのである。

これからの宗教界の使命
 教皇フランシスコに期待したいのは、中国に民主化の種をまき、育てる力となることである。アルゼンチン軍事政権の弾圧下で、信仰・思想的には容認しないものの、政府に命を狙われた解放神学の学生たちを助けた経験のある教皇には、その見識と能力があるように思える。今回のタイ、日本訪問のもう一つの目的は、中国・北朝鮮へのメッセージ発信であったのかもしれない。
 教皇のメッセージに感応し、世界を再び相互不信のるつぼに戻さない努力を、これからの私たち、特に宗教界の使命と考えたい。