ヨーロッパの多様性

キリスト教で読み解くヨーロッパ史(10)最終回
宗教研究家 橋本雄

魅力だが混乱の原因
 ヨーロッパの多種多様性には驚かされます。気候風土、宗教、文化、そして歴史などの差異は世界の中でも際立っています。南北ヨーロッパの違い(例えば、ラテンとゲルマン民族)は思った以上に大きいものです。北のアイスランドから南のマルタ島に行くと、気候と文化、人間性に大きな違いがあります。東西の違いは更に大きく、ポルトガルのリスボンから極東ウラジオストクまで、鉄道で行けばゆうに一万キロを超える距離となります。この多様性がヨーロッパの魅力であり、混乱の原因ともなっています。(極東ロシアはアジアですしね!)
 これらの地域を旅すると、広大で多様な地域が、簡単に「ヨーロッパ」という枠で括れるものなのかと思う時もあります。宗教的には「ヨーロッパはキリスト教圏」と考えがちですが、そのキリスト教の受容も国や民族で大きな違いがあり、その信仰形態や宗教文化にも違いが多く見つけられます。更に、バルカン半島にはイスラムの国々もあるといった具合です。
 現在、西欧には多くの移民や難民が中東や北アフリカから押し寄せ、ヨーロッパは一層多人種・多文化・多言語になっています。白人のヨーロッパというイメージはパリをはじめ多くの都市で既に失われています。これらの人々がうまく融合し、一つの国民として、あるいはヨーロッパ人としてやっていけるのか、傍目にも心配になります。
 それはちょうど、画家のパレットの上に色彩豊かな絵具が乗っているような状態に例えられるかもしれません。どの絵具を混ぜるかで出来上がる色が違ってくるように、ヨーロッパもどのような国々や人々の組み合わせになるかで、状況は大きく変化します。
 その典型が第一次世界大戦でしょう。サラエボでの一発の銃弾が、やがて巨大な世界戦争を誘導し、実に多くの人々が犠牲となりました。ヨーロッパでは、最後は「何故戦っているのかわからなくなった」ほど、この世界大戦は無意味な戦争であったと言われます。結果的にはオーストリア帝国、オスマン帝国、ロマノフ王朝が滅亡しました。

見果てぬ統合の夢
 このように多様性に富むヨーロッパの統合は可能なのでありましょうか? 歴史の大きな流れは「統合」に向かっているように思えるのですが。例えば、シェンゲン条約加盟国の中は移動が全く自由です。ビザの審査やパスポートチェックもなく、日本の国内移動と同じ感覚です。国内通貨としてユーロが採用されていれば、両替も必要ありません。何と便利なことでしょうか! EUという枠とシェンゲン条約、そして共通通貨ユーロという最低三つの枠がヨーロッパをまとめています。(スイスやイギリスなどユーロを採用していない国も結構あるにはあるが!)
 現在、EUはイギリスの離脱(Brexit)で揺れています。理由は色々ありますが、島国イギリスがドイツを中心とする大陸勢の指示下に入るのを嫌がっているということでもありましょう。更には去る5月25日のEU議会選挙で、極右を含めEU懐疑勢力が伸張しました。
 この英国のEU離脱が、どのような波及効果をもたらすかは誰にもわかりません。イギリスからは離脱の声が大きく聞こえますが、フランスなどでは、彼らが困る姿を見ようという様子見も多いということです。そのほかスコットランドやスペインのなどでの様々な独立運動が、ヨーロッパ各地で蠢いていることを考えると、欧州統合は「見果てぬ夢」なのでありましょうか?
画家がいない
 絵の具の例えに戻れば、ヨーロッパには絵の具はあっても、それを使って一枚の絵にまとめられる画家がいないのが現状でありましょう。現在のところ、より大きなヨーロッパという絵を描ける人物が見当たりません。そのような人物を求めているようでありながら、反面では、そのような「画家」、ヨーロッパ全体をまとめようとする強力な人物の出現を嫌ってもいます。強大なカリスマに対しては警戒心が極めて強いのです。過去の歴史がそのように教えるからでしょう。ヨーロッパ統合の夢を抱いた人物は、例外なく戦乱を巻き起こし、多くの犠牲者を出してきましたから……。
 画家がいないキャンバス、指揮者不在のオーケストラ……何が出来上がるのでありましょうか? もし画家や指揮者を想定するとすれば、それは「見えない神」なのかもしれません。神の意志で、神の手で……表現は色々あっても、歴史の中で働く神こそが聖書の核心なのですから!
 ヘブライ大学の若き歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史』(河出書房新社)の中で、歴史に目的があるかという問いに対して、「歴史には目的がある。歴史は統合に向かっている」と書いています。紆余曲折はあっても、歴史はそのような方向に向かって動いて行くのでありましょう。分裂と闘争の歴史を超えて、和合と平和のヨーロッパとなることを祈らざるを得ません。
 過去10回にわたり「キリスト教から読み解くヨーロッパ」を掲載していただいた宗教新聞に深く感謝いたします。ヨーロッパは多様でありますので、切り口や説明に難しいところもありましたが、良く編集や校正をしていただきました。そして何よりも、私の駄文拙文を読んでいただいた皆様に心からの御礼を申し上げます。