バチカンと中国、歴史的合意の是非を問う

宗教で読み解く世界情勢(36)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 九月二十二日、バチカンのローマ教皇庁と中国政府の間で、司教任命をめぐる歴史的な合意がなされたことが発表された。いうまでもなくカトリック教会と無神論の共産党政権とは水と油であり、両者の敵対関係は七十年近く続いてきた。一九四九年に成立した中華人民共和国をバチカンは承認せず、五一年にはバチカン公使が追放され両国の関係は断絶した。今に至るまでバチカンは台湾との外交関係を維持、中国による台湾包囲網に歯止めをかける貴重な砦となっている。
 その結果、中国国内のカトリック教会も、政府主導で設立された「中国天主教愛国会」と政府非公認の地下教会とに分裂した。およそ百人いる司教の中で中国政府と教皇の双方から承認されているのは約六割にすぎず、教皇のみが承認し、中国政府が認めない司教が三割ほど存在する。逆に、教皇の承認を受けずに中国政府が独自に任命した八名の司教は、カトリック教会から破門された(うち一名はすでに死亡)。
 今回成立した合意では、中国政府が教皇の権威を認める一方で、教皇側は中国政府が独自に任命した司教に対する破門を撤回。さらに今後の任命については中国政府と地元教会が候補を提示し、教皇が最終的に決定することとした。
 この合意については当然のことながら賛否両論が入り乱れている。政府の意のままになる司教が任命されることで当局による監視、統制が強まるとの懸念が示される一方、宗教に対して厳しい姿勢をとる共産党治下でカトリック信者を守るためにはぎりぎりの譲歩だったと評価する声もある。
 教皇自身、特に共産党の抑圧に耐えてきた地下教会の信徒たちに苦しみを与える側面があることを認めつつ、「私を信頼してほしい」と訴えた。また、「国家に隷属する教会は、もはやカトリック教会ではない」と訴える陳枢機卿(香港)などの批判に対しては、ポルトガルやスペイン、オーストリア・ハンガリー帝国などの例を挙げ、教会歴史の中に為政者が司教を任命した時代があったことを示して理解を求めた。
 しかし、そうした歴史を振り返ってもなお、現在進行形で宗教弾圧を続ける中国共産党との取引に応じたバチカンの姿勢には疑問が残る。習近平主席の就任以降、中国は思想統制の度合いを強めており、宗教についても外国人宣教師などの影響力を排除し、「中国化」することを強制してきた。今年三月には、政府(中国国務院)の国家宗教事務局が党中央(中国共産党中央統一戦線工作部)に吸収され、宗教監視の体制が強化されている。
 七月には米国のペンス副大統領が、中国政府によるイスラム教徒のウイグル族迫害を強く非難。少なくとも数十万人のウイグル族が「再教育施設」に収容され、信仰的、文化的アイデンティティの放棄を迫られていると明らかにした。議会の公聴会では人権問題担当のクリー大使が同問題に言及。新疆ウイグル自治区で、若者にイスラム教を教えたり、イスラム教徒的な名前を子供につけることが禁止されていると指摘した。
 当然のごとくキリスト教会に対する締め付けも強化されている。ロイターによると、北京最大の地下教会「シオン教会」が閉鎖され、当局が「違法宣伝資料」を押収したという。同教会は今年四月、当局による教会内への監視カメラ設置命令を拒否して以降、度重なる圧力を受け続け、最終的には閉鎖を言い渡されることとなった。ほかにも十字架撤去を命じられたり、教会立学校の教師がキリスト教を「洗脳している」と非難されるなど、信教の自由を侵害する事態が相次いでいる。
 こうした宗教迫害を続ける共産党政権との取引が、本当に信徒の魂を守ることにつながるのだろうか? ただですら、中国では国中に張り巡らされた監視カメラのネットワークを通じて、当局が人民のあらゆる行動を監視している状況だ。カトリック教会の秘跡の一つに「罪の告白と赦し」があるが、当局に通じているかもしれない聖職者に、内心の秘密を打ち明けるリスクはないのだろうか?
 憲法改正で終身独裁の道を整えた習主席は、いまや単なる独裁者の域を超え、国民の一挙手一投足を監視し、自由に拘束する権力を持つ「この世の神」になろうとしている。教皇庁は今回の合意について「始まりに過ぎない」と弁明したが、果たして、長年にわたり共産党の迫害を耐えてきた地下教会の信者たちに、真の解放がもたらされる日は来るのだろうか。フランシスコ教皇に寄せられる「信頼」はあまりに重い。
(2018年10月10日付744号)

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