米国でキリスト教保守派は復権するか

宗教で読み解く世界情勢(34)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 米国ではトランプ政権による連邦最高裁の人事をめぐって、福音派をはじめキリスト教保守派が沸き立っている。「中間派」のアンソニー・ケネディ判事(81)が引退を表明し、その後任として首都ワシントンの連邦控訴裁(高裁)判事を務める保守派のブレット・カバノー(53)が指名されたからだ。
 引退するケネディ判事は、共和党のレーガン政権下で指名されながらも、「同性婚合法化」などではリベラル派判事と歩調を合わせ、保守陣営を何度も失望させてきた。もし、カバノー判事が議会上院で順調に承認された場合、連邦最高裁の構成は「リベラル派」四人に対し「保守派」が五人となり、保守派優位が確立する。そうなれば妊娠中絶や宗教の自由などの問題で、保守寄りの判決が下されるのではないかと期待が高まっている。
 今回の指名に対しては、これまでトランプ大統領に批判的だったキリスト教指導者からも賞賛の言葉が寄せられている。福音派におけるトランプ批判の急先鋒だったラッセル・ムーア(南部バプテスト)は、カバノーを「宗教の自由の強力な擁護者」と呼び、ホイートン大学のエド・ステッツアーも「より保守的な最高裁が米国にとっては望ましい」と、トランプの決断を高く評価している。
 キリスト教保守派が、これほどまでに最高裁判事の構成にこだわるのは、同性婚や宗教の自由など、左右の文化戦争をめぐるテーマに関して世論が急速に左傾化しているためだ。個人主義が強まり、神なきヒューマニズムが全盛を極める中で、キリスト教的な価値観は次第に影響力を失いつつある。そればかりか、保守的な信条を公にしただけでリベラル派の総攻撃にさらされ、社会的地位を失う事態も生じている。
 そうした時代にあって、最高裁の保守化は大きな意味をもつ。トランプ政権下で指名された二人の判事(ゴーサッチとカバノー)はともに五十代前半と若く、最高裁での保守派優位は当分の間続く見込みだ。これまで一方的に守勢を強いられてきたキリスト教保守派にとって、保守的な最高裁は心強い味方となるだろう。
 ただし、これは決して保守派の最終的な勝利を意味しはしない。最高裁判事の構成一つを取っても、もし民主党が政権を奪還し、保守派の判事が一人でも引退ないしは死去すれば、たちまち形勢は逆転してしまう。実際、今秋の中間選挙では与党共和党の苦戦が予想されており、上院で過半数を狙う民主党はカバノーの指名承認を選挙後まで引き延ばす構えを見せている。
 結局のところ、民主主義社会における権力の基盤はあくまでも大衆であり、大統領や議会、最高裁ですら、世論の潮流と無関係ではありえない。したがって若い世代を中心に、米国人の心が教会から離れつつある現状に歯止めをかけないと、やがてキリスト教保守派は社会のマイノリティとなり、身を潜めつつ生きるほかなくなるだろう。
 現実に、米国では年を追うごとにキリスト教徒の割合が減少し、特定宗教に属さない層が増えている。これまで米国を支えてきたベビーブーマー世代(一九四六─六四年生まれ)では、78%がキリスト教徒を自認し、特定の宗教に属さない層は17%に過ぎなかった。しかし、ミレニアルズと呼ばれる世代(一九八一─九六年生まれ)ではその割合が57%対35%となり、大幅に両者の差が縮まっている。それに伴って道徳的な価値観も変化しており、同性愛、婚外子、婚外性交渉、離婚に対して「道徳的に許容できる」と答える米国人の割合がいずれも六~七割に達し、もはや「清教徒の米国」の面影はない。かつて、福音派の一部は自らを「モラル・マジョリティ(道徳的多数派)」と称したが、すでに「モラル・マイノリティ」に転落しているのだ。
 トランプはキリスト教保守派との約束を守り、彼らに理想的な最高裁を手に入れる機会を与えてくれた。しかし、その機会には明確に制限時間が設けられている。彼らが真に望む米国の道徳性の回復は、個々の教会における牧会、伝道活動の復興によってしか成し得ないだろう。即物的で刹那的な快楽と、わかりやすいヒューマニズムに満足しているように見えるミレニアルズにも、道徳性、宗教性を志向するニーズは確実に存在する。果たして、霊的渇きを感じる若者たちの心をつかむことができるのか、米国キリスト教に許された時間は決して長くない。
(2018年7月20日付741号)