米中覇権交代と宗教の未来

宗教で読み解く世界情勢(29)
平和政策研究所研究コーディネーター 小笠原員利

 トランプ政権下における新しい米国の核政策が発表され、「核なき世界」を目指したオバマ前政権からの政策転換として話題となった。両者の政策の差異は現実認識の違いからきている。現政権の政策の根底にあるのは危機感だ。現状変更勢力として名指しした中国、ロシアから、いかにして米国と同盟国の国益や、自由、民主主義、法の支配といった現在の秩序を守るかという深刻な命題にトランプ政権は向き合っている。
 残念ながら、理想主義者オバマ氏が望んだようには世界は動かなかった。彼のもとで米国の軍事力が旧式化する一方、ロシアは新型ICBMを開発し、中国も膨大な軍事費を費やして兵器の近代化に努めた。北朝鮮の核・ミサイル開発の急速な進展は言うまでもない。
 トランプ氏の登場が、世界を国益中心のパワーゲームに変えたと考える人が多いが、実際には、アメリカの指導力の低下が現在の世界の混沌を招いたのであり、トランプ政権の誕生はその結果にすぎない。いずれにせよ、我々が処している現在の世界は「覇権の交代」という文明史的な転換点に立っている。その帰趨は宗教の未来に対しても大きな影響を与えるだろう。
 プロテスタント国家である米国が主導した時代は、宗教の自由や人格の尊厳が最大限に尊重された、歴史上でも稀有な時代であった。しかし、今後、覇権が米国から中国に(より正確には中国共産党に)交代した場合、同じように宗教が自由を享受できる世界が続くとは限らない。それは世界のトップが、宗教を信じる者から無神論者に移行することを意味するからだ。
 中国共産党は、その名が示す如く「宗教は民衆のアヘン」と言い放ったマルクスの系譜に立っている。
 一九四九年に政権を握って以降、彼らは、自らの権威を脅かし、外国勢力の干渉を招く可能性のある宗教に対して徹底的な弾圧を行った。中国人信者のみによって運営される教会を目指すとの名目のもと、「三自改革運動」を開始。外国籍の牧師は一斉に逮捕され、銃殺や国外追放の憂き目にあった。信者の逮捕や教会財産の接収も相次ぎ、米国系プロテスタント教会だけで、病院、学校など一億ドルの教会資産が没収された。
 カトリック教会でも、当時、中国にいた伝道士など一万人以上のほとんどが消息不明となった。特に共産党に激しく抵抗した「聖母軍」に対しては徹底的な弾圧が行われ、一九五一年だけで四百人が死刑宣告を受けた。上海では「政府機関に登録した聖母軍は殺さない」との呼びかけを信じて登録した人々が一網打尽にされたという悲劇も起こっている。
 チベット仏教については言うまでもない。最高指導者ダライ・ラマは、いまだに亡命生活を余儀なくされており、外国要人との接触には、必ず中国政府から横やりが入る。二〇〇〇年代に入ってからも、教学の中心地ラルンガル僧院における大規模な破壊など、国際社会が非難する蛮行を継続している。
 こうした歴史を中国共産党は総括していない。それどころか、習近平政権のもと強烈な思想の引き締めが始まっており、宗教活動に対する規制も強化されている。浙江省温州市などキリスト教会の十字架撤去の動きが続いており、様々な名目で拘束される地下教会の聖職者も後を絶たない。
 このような中国が覇権を確立することは、宗教界にとっては「悪い知らせ」のはずだ。しかし、トランプ政権とは対照的に、世界の宗教界の危機意識は薄い。先日は、ローマ教皇庁社会科学アカデミーのソロンド会長が「教会の社会的教義を最もよく実行しているのは中国人だ」と称賛して議論を呼んだ。カトリック教会については、教皇が任命した地下教会の司教たちに対して、中国政府が任命した司教に地位を譲るよう、教皇庁当局者から要請があったとの衝撃的な情報も流れた。
 司教の任命権問題を解決し、中国との国交回復をはかる狙いがあるとみられるが、いまだ宗教弾圧を進める中国共産党との妥協は、宗教の自由を主唱するカトリック教会への信頼を著しく損なうだろう。中国国内の地下教会、香港、台湾の信者たちの失望も想像するに余りある。
 残念ながら、中国のプロパガンダは、トランプの不人気と相まって相当の効果をあげつつある。今や、世界全体で中国と米国に対する信頼度はほぼ拮抗するところまでやってきた。しかし、共産党の本質が変わらないままで中国が覇権を握ることのリスクを宗教界は深く認識しておくべきだろう。
(2018年2月20日付731号)