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[連載・宗教で読み解く世界情勢 No.42]

スリランカの惨劇、宗教者の抵抗

 復活節を祝うキリスト教会などを標的にしたスリランカの自爆テロ事件は「イスラム国(IS)」の思想的な影響力が、いまだに健在であることを世界に印象付けた。少なくとも実行犯の一部は、シリアに渡ってISの訓練を受けており、新規メンバーの勧誘やテロ行為の実行などの使命を帯びて、母国スリランカに帰国していたと報じられている。
 また、インターネットを活用したテロの拡散という課題も改めて浮き彫りとなった。事件の首謀者の一人とみられるザフラン・ハシムは、Facebookなどに無差別テロを煽る説教映像を投稿していた。穏健派ムスリムなどによる削除に向けた努力もむなしく、そのうちのいくつかは事件後まで閲覧可能だった。さらに、彼らのネットワークでは、暗号化されたSNSも積極的に活用されていたことがわかっている。
 シリア最後の拠点バグズの陥落によって、ISは目に見える領土を失ったが、目に見えないインターネットの言論空間では、思想的な領土を維持、拡大している。そして、今回の爆弾テロのような「戦果」を散発的に挙げることで、世界中の信奉者を鼓舞し続けるものとみられる。
 イスラムが少数派でしかないスリランカでのテロの実行は、来年に東京五輪を控える日本にとっても、この問題と無縁ではないことを改めて示した。国内の治安対策のみならず、テロ情報に関する国際的な情報共有のネットワークを強化することも重要だろう。今回の自爆テロについても、事前にインド政府からスリランカ当局に情報提供が行われていた(スリランカ政府内部の不一致で活用されず)。
 一方で、IS信奉者によるテロ活動以外にも、懸念されるのが「憎悪の連鎖」だ。ニュージーランドの白人至上主義者によるモスク襲撃のように、キリスト教とイスラム双方の過激主義者による報復合戦が続けば、さらにおびただしい血が流されることになるだろう。インターネットの発達は、国境を越えて、同じ感情、思想を共有する人々の閉鎖的なコミュニティの形成を促している。イスラム過激派、白人至上主義者双方のコミュニティでは、今日も憎しみを煽り、復讐を呼びかける過激な言論が飛び交っている。
 さらには「反イスラム」的な感情を利用した政治的な動きも指摘されている。現在、インドでは宗教的多数派であるヒンドゥー主義政党が政権に就いており、スリランカでも多数派仏教徒が政治の中枢を握っている。彼らにとっては、宗教的少数者であるイスラムへの敵意を煽ることが、政権への求心力を高めることに直結するのだ。この地域ばかりではない。欧米の極右政党にとっても、今回のような凄惨なテロ事件は、イスラム移民を脅威と煽る彼らの主張の裏付けとなる。イスラム過激派によるテロ攻撃の最大の犠牲者は、皮肉にも反イスラム感情にさらされる罪もない一般のムスリムなのだ。
 今回のテロ攻撃で標的となったスリランカのキリスト教徒が置かれる状況の深刻さはいうまでもない。引き続くテロの脅威を理由に、日曜ごとの礼拝、ミサは二週連続で中止に追い込まれた(4日現在)。もともとポルトガル、オランダ、英国と続いた植民地政策とキリスト教の布教が密接な関係を持っていたため、過激派仏教徒は定期的にキリスト教会への迫害を行ってきた。さらに近年では、過激化したヒンドゥー教徒の一部が、東海岸で教会を標的とする活動を開始したという。そこに、これまでキリスト教への敵意をあらわにすることがなかったイスラムのテロまでが加わったことで、現地のキリスト教徒がいだく不安と恐怖は高まっている。
 果たして現代の宗教は、このまま民族感情や政治的な思惑、さらには、個人的な疎外感や不満に翻弄され続けるのだろうか。もし、そうであるなら、世界の未来には終わりなき闘争と絶望だけがまっている。
 もちろん、一抹の希望がないわけではない。例えば、首都コロンボの神学校で校長を務めるアイバー・プーバラン博士は、自らも不安と恐怖の中に身を置きながら、キリスト教徒としての原点に立ち返り、平和の構築者としての使命を果たそうと訴えている。彼は教会指導者に対して、信徒をケアして勇気づけるだけでなく、許しの精神と和解への強い意欲をもって、迫害する敵を愛そうと呼びかける。
 そうした呼びかけは、時代の奔流に対する、あまりに非力でささやかな抵抗であるかもしれない。しかし、我々が真に平和な未来を希求するなら、迫害のさなかで希望と愛を説き続ける宗教者の行動に、最大限の祈りと支援を送るべきだろう。

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