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[連載・宗教で読み解く世界情勢 No.41]

イスラム主義と民主主義は両立する

 3月23日、シリア東部に残っていた過激派組織「イスラム国(IS)」最後の拠点バグズが陥落した。今もなお、シリア、イラク国内に武装したIS支援者1万5000~2万人が潜伏しているとみられるが、占領地域をもつ疑似国家としてのISは完全に崩壊した。
 カリフを自称したアブー・バクル・アル・バグダディ容疑者の行方はわからないままだ。今後、残党による散発的なテロはあるだろうが、ISの存在は次第に記憶の彼方に消えていくだろう。ただし、こうした急進的かつ暴力的な運動に、数万人もの戦闘員が惹きつけられ、非公式にせよ「国家」を形成するに至った事実は軽視できない。
 ISを含めたイスラム主義の運動は、今後も影響力を持ち続けるだろう。ISやアルカイダなどで、暴力的なイメージがついてしまったイスラム主義だが、本来は、イスラム的価値や原則で統治されるイスラム国家を目指す思想・政治運動の総称だ。その運動は、イスラム国家実現に向かう方法論によって、テロや暴力を用いる過激派から、民主主義の枠内で政権獲得を目指す穏健派まで実に多様な顔をもっている。実際にトルコのエルドアン長期政権の与党「公正発展党(AKP)」もイスラム主義政党だ。また、一部で過激化した歴史をもつ「同胞団」も、短期間で崩壊したとはいえ、いったんは民主的な選挙を経てエジプトの政権を握った。
 一部国家の選挙で多数派を占めるほど、イスラム主義を支持する人々のすそ野は広い。日本でも新元号発表の際、多くの国民が歓喜し、自らの伝統や文化に対する強い誇りを再確認したが、同様の感覚はアラブ・中東地域の人々にもある。しかし、彼らの悲劇は、自らの誇らしい文化・伝統や生活様式と、西洋列強の分割・支配のもとで生まれた統治体制とが、いまだに融合していないことにある。
 オスマン帝国の崩壊以来、敬虔なイスラム教徒たちは、今もなお、自分たちの「国」を持たず、真の「統治者」を持っていないと感じている。その感覚にこそ、「カリフ」を自称する暴力的なカリスマが入り込む「隙」があるのだ。
 特に、イスラムが政治・経済を含む生活のあらゆる分野に浸透していた中東の人々にとって、欧米的な統治体制である「政教分離」自体が、簡単に受け入れられるものではない。こうした価値観を欧米の政策決定者たちは「後進的」とみなして軽蔑するが、果たして、近代化を脱宗教化(世俗化)と同一視するのは適切なのだろうか。
 宗教学者のカレン・アームストロングは2014年、ガーディアンに寄せた論考で、祭政一致的な考え方を後進性として切り捨てる欧米世俗主義者の独善性を鋭く指摘した。彼女は、政教分離に対する、ヨーロッパと中東の経験の違いを強調する。ヨーロッパでは、政教分離は腐敗した既成宗教から人々を解放する福音として現れたが、中東の人々、特にイスラム教徒にとっての政教分離は、解放の福音ではなく、西洋列強と結託した世俗主義者による、イスラムに対する暴力的な迫害、搾取として経験された。
 アームストロングは次のような例を挙げる。まず、トルコの近代化を成し遂げたと欧米で称賛されるケマル・アタテュルクも、イスラムの側から見れば破壊者だ。スーフィ教団を非合法化し、マドラサ(イスラム学校)を廃業させ、それらの収入基盤を横取りした。イランのパーレビ王朝は銃剣で女性のベールを引きはがし、平和的なデモを行った群衆に発砲した。
 こうした歴史をみれば、世俗的な政治体制を変革し、イスラム国家の実現を目指すイスラム主義が現れるのは当然だ。しかし、欧米の政策決定者は、世俗的な民主化勢力を支援する一方で、イスラム主義による民主化運動は危険視し、彼らが抑圧されても放置してきた。世俗政権によって弾圧され、政治参加の道を断たれたイスラム主義者は過激化し、テロに走った。そこには欧米に根強いイスラム嫌悪が少なからず影響しているだろう。
 米国務省で宗教の自由局・初代局長を務めたトーマス・F・ファーは、イスラム主義者の政治参加を促す重要性を説く。民主的な選挙に参加し、現実の政策決定過程に携わってこそ、イスラム主義者も建設的な政治勢力として成熟していく。彼らにもそのチャンスを与えるべきだ、と。
 現代的な民主主義国家と宗教的な政治勢力は共存可能だ。米国でも福音派が共和党を通して現実の政策に影響を及ぼしており、EUで最大勢力を誇る欧州人民党グループも、その起源はカトリックだ。イスラム主義者も、自らリーダーを選び、私たちの国だと誇れる国家、社会を建設する権利を持っている。

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