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[2018年8月10日号 社説]

生き心地の良いまちづくり

 自分が住んでいる地域が暮らしやすいかどうかは、そこの人間関係の在り方によるところが大きい。人の幸福は身近な人間関係に最も影響されるからだ。その意味でとても興味深い調査がある。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科博士課程だった岡檀(まゆみ)さん(和歌山県立医科大学保健看護学部講師)が徳島県南部にある港町・海部町(現・海陽町)で行った、「日本の自殺希少地域に於ける自殺予防因子の研究」。それをまとめた『生き心地の良い町』(講談社)から生きやすいまちづくりを考えてみた。
●「病」は市に出せ
 二〇一一年の人口10万人あたりの自殺者数が少ない都道府県調査で徳島県は三位の18・59人。一位は奈良県の17・28人、 二位は福井県の18・11人。 しかし、都道府県の単位では実態が分からないと考えた岡さんは、市町村単位で当時八位だった海部町に注目し、地元に長期滞在して調査した。短期間の訪問では違いが見えてこないからだ。
 岡さんが発見したのは、環境が同じような周辺の町は決して自殺率が低くなかったこと。そこで、自殺率の高い近くのまちと比較しながら、海部町の特徴を探り出した。研究者としてのアプローチの正確さにも驚かされる。
 岡さんが導き出した海部町の自殺予防因子は五つ。①いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい。②人物本位主義をつらぬく。③どうせ自分なんて、と考えない。④「病」は市に出せ。⑤ゆるやかにつながる。
 ①では、心身障がい児の特殊学級を作るかどうかの議論で、ある町議は「いろいろな子供がいるクラスの方がいい」と、ためらうことなく主張し、それが町民の大多数の意見でもあった。違う人を遠ざけようとしないのである。
 ②では、地域の気風として年配者が威張るということがない。江戸時代から続く相互扶助組織「朋輩組」が生きていて、そこでは年長者が年少者に服従を強いるということがない。いじめなどは「野暮」だという感覚がある。年少者の自主性を促し、失敗しても再起のチャンスを与えようとし、町の人事もあくまでも人物本位、能力本位で合理的に決めている。
 ③では、町民の政治意識が極めて高い。自殺率の高い近くのA町との比較調査で、「自分のような者に政府を動かす力はない」と考える人がA町では51%だったのに対し、海部町は26%だった。「どうせ私なんか…」とは考えないのである。
 ④は昔からの言い伝えで、いわゆるカミングアウト。病は病気だけでなく、家庭や仕事などでのいろいろな問題を指す。隠したいような自分の事情も平気で人に話し、公にするということ。そうすることで心の負担が軽くなり、人の援助を得やすくなるのである。
 自殺の主な要因でもある「うつ」についての精神科受診率は、周辺地域の中で同町がもっとも高い。少しでも変調を感じたら抵抗なく専門医を訪ねられる空気があるから受診率が高く、早期発見によって適切な手当てができている。
 ⑤は、地方にありがちな粘着的な人間関係が少ないこと。他人に対して「関心」は高いものの、それが息苦しい「監視」にはならない。適度な距離感の「ゆるやかな絆」でしっかり結ばれている。「君子の交わりは水のごとし」という言葉があるように、自分が責任を持てる範囲でしかかかわらない。それは相手の人格を尊重する姿勢でもある。
●いいとこどりを
 岡さんは、海部町がこのような非常にリベラルで近代的な気風を保ってきた背景に、その歴史があると言う。河川と良港に恵まれていた同地は江戸時代初期から材木の集積地として発展し、各所から移住者が集まってきた。寺や神社も種類と数が多く、平地が少ないため家屋が密集している。その結果、出自や家柄にこだわらず、フラットな関係性のなかで互いが異質な他者を尊重しながら支え合うコミュニティが形成されたのである。
 そんな海部町から何を学ぶか。岡さんは「いいとこどりをすればいい」と言う。海部町の人間関係は特殊だが、誰もが望む普遍的なもので、やろうと思えばできる生き方である。だから、気付いた人が、できる範囲で、取り入れればいいのである。



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