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[2019年2月10日号 1面記事(2)]

高幡不動尊金剛寺の初詣/東京都日野市

家族の幸せなど祈る

高幡不動尊金剛寺の初詣


 東京都日野市の真言宗智山派別格本山高幡不動尊金剛寺には元日に多くの初詣客(写真)が訪れ、三が日で約30万人になった。除夜の鐘は、先着108組が突くことができ、年始護摩修行は元日の午前零時に始まり、ほぼ終日続いた。
 京王線高幡不動駅南口を出てすぐの高幡不動尊参道入り口から初詣の列が始まる。係員に仁王門まで誘導され、そこから護摩修行が行われている不動堂で参拝し、学業成就、病気平癒、商売繁盛、家内安全、開運招福などを祈願する。参拝の後、境内にある奥殿(寺宝殿)や大日堂などの施設を訪れていた。
 家族連れの若い女性は「家族で来たのは初めてで、今日は赤ちゃんの無病息災を祈願した」と話し、ネパールから来た男性は「世界のどこにいても神仏に祈ることは大切だ。釈迦はネパールで生まれた。年初めに祈ることができてよかった。今日は世界平和と家族のために祈った」と語り、家族連れのフィリピンの女性は「家族みんなとここに来るのを楽しみにしている。おみくじで末吉を引いたので、そうなるよう願う。今日は家族全員の健康を祈った。来年もまた来たい」と嬉しそうに話していた。
 高幡不動尊金剛寺の不動堂は康永元年(1342)に山中より移建されたもの。 不動堂は清和天皇の勅願によって、慈覚大師円仁が東関鎮護の霊場として山中に建立したが、建武2年(1335)に暴風雨で倒壊したため、当山中興第1世儀海上人が現在のところに移建。東京都最古の文化財建造物で、重要文化財に指定されている。
 仁王門は当初、楼門として計画されたが、途中で変更され上層の主要部を覆うような形で屋根がかけられ、近年まで外観は単層だった。昭和34年に解体され、復原修理の際楼門として復原され屋根も銅板葺きに変えられた。仁王尊は室町時代に作られ、楼上の扁額「高幡山」は江戸時代初期の運敞僧正「号泊如」によるもの。
 高幡不動尊金剛寺は新選組土方歳三の菩提寺としても有名で、近藤勇・土方歳三両雄の碑や、土方歳三の銅像、また大日堂には土方歳三の位牌や新選組隊士慰霊の大位牌等、更に奥殿では歳三の書簡ほか多くの新選組資料が展示されている。


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