五斗長垣内遺跡

2022年12月10日付 794号

 地元の文化財保護協会の一日研修で兵庫県淡路市黒谷にある弥生時代の五斗長垣内遺跡(ごっさかいといせき)を訪ねた。弥生時代後期における日本列島最大規模の鉄器生産集落で、淡路島の西側海岸線から3キロの丘陵地にある。

 鉄器生産工房として使われた竪穴建物23軒から成り、うち12軒から鉄を加工した鍛冶炉跡が確認され、鏃、鉄片、切断された鉄細片、朝鮮から輸入した鉄の素材の鉄鋌など75点が出土している。石槌や鉄床石、砥石など、鉄を加工する石製工具も出土し、これまで発見された弥生時代の鉄器生産遺跡では最大規模。住居ではなく、鉄器製作に特化した特異な遺跡である。

 五斗長(ごっさ)は遺跡を囲む集落の名前で、棚田ばかりで貧しく「石高が五斗あればその地の長になれる」というのが地名の由来だという。淡路島は田んぼ面積当たりのため池の数では香川県より多く、米作りに苦労してきた。伊弉諾神宮の境内にある住吉神社は、ここでは稲作の神。

 弥生時代後期の鉄器は古代国家形成のカギの一つで、2世紀後半に「倭国大乱」が起きた。その時期に100年間活動し、突如、消えたのが五斗長垣内遺跡(1世紀後半~3世紀前半)。武器から農具まで鉄器の需要が絶えることはないので、適地を求めて工房を移したのであろう。

 古代は舟運の時代で淡路島はその拠点。丘の上から海を眺めると、製鉄技術を持つ海人(あま)たちが、海を見渡しながら倭国の将来も見通し、畿内へと移動して行った光景が見えてきた。