中露の「シャープパワー」と宗教

連載・宗教で読み解く世界情勢(77)
宗教問題アナリスト・小笠原員利

  6月下旬、西側諸国がG7サミット(26〜28日)とNATO首脳会議(29日)で結束を強める一方、中露はBRICSの会合(23、24日)を通して、新興国の取り込みを図った。続くG20外相会合(7月7、8日)でも西側諸国と中露の綱引きは続き、共同声明の発表は見送られた。
 G7にはウクライナに加え、インド、南アフリカなど地域の主要国が招かれ、NATO首脳会議には主要パートナーとして日韓豪などが参加。これに対してBRICSの国際会合には、中露、ブラジル、インド、南アフリカの構成国のほか、イラン、エジプト、カンボジアなど13か国が招待された。アルゼンチン、インドネシア、セネガルなど双方の招待国は重なり合っており、新興国の支持を巡る陣取り合戦が過熱している。
 ウクライナ戦争が長期化する中、米国など西側諸国の世論に「支援疲れ」の兆候も指摘されているが、それ以上に西側諸国と新興国の間の温度差も目立ってきた。このままでは「力による現状変更」が追認されかねない。明らかな侵略行為を前にして、なぜ西側諸国は新興国をまとめきることができないのか。ここには新興国と中露の経済的、軍事的なつながりの深さに加え、「シャープパワー」の効果が表れている。
 「シャープパワー」とは思想工作や情報操作を通じて、対象となる国の政治システムを弱体化させたり、政治的決定に影響力を行使しようとする操作的な力だ。ウクライナ戦争でも、ロシアはSNSや架空のニュースサイトを通して偽情報を拡散させているが、実は通常時からツイッターなどに偽装アカウントをつくり、親露的なコメントや陰謀論を拡散させてきたことがわかっている。
 中国の取り組みは、豊富なマンパワーと相まって、より複合的、組織的だ。代表的なものは世界各国に設置された孔子学院である。そこでは、中国共産党による一党独裁体制が、家族主義的儒教道徳によって正当化され、西側の個人主義的価値観に対置された魅力的な選択肢として紹介される。あわせて、現地の政治家、学術関係者などに人脈を広げ、彼らを通して、一帯一路への支持を広げ、親中的な世論を形成していく。
 さらに米国内だけで150近い大学に存在する留学生組織を通してスパイ活動や宣伝工作を行うほか、各国メディアの株式を取得して影響力を行使し、親中コンテンツを放送するなどしている。最近では中国製のドラマやアニメも世界進出を果たしつつあり、ソフトパワーと絡めた宣伝、啓蒙活動には注意が必要だ。
 これら中露の工作活動が恐ろしいのは、それが思想戦であり、「世界観」の転換を目的としているからだ。単に経済的インセンティブを与えたり、軍事的圧力を加えるのではなく、西側諸国が提示する「普遍的価値」に疑念を抱かせ、中露が提示する代替的な「世界観」に共鳴する勢力を拡大しているのである。そして、皮肉にもその武器として用いられているのが「宗教」だ。
 ロシアはキリル総主教の言動にみられるように、西側の退廃的文明を批判し、ロシアこそがキリスト教価値の擁護者であるかのように振る舞う。そして、リベラル化する西側社会にあって、性解放、LGBT運動などに拒否感を覚えたり、移民による文化の侵食を警戒する層に巧妙に食い込んで、陰謀論を拡散し、社会の分断を尖鋭化させている。一方の中国は儒教的、家族主義的な世界観で一党独裁体制を正当化し、欧米の個人主義や民主主義の負の側面である社会的な混乱を警戒する新興国の権威主義的な指導者の取り込みを図っている。
 問題は、彼らが「宗教」を道具として、地政学的野心のために悪用している点にある。彼らは決して敬虔なキリスト教徒でも儒教徒でもない。プーチンがウクライナで虐殺しているのは正教徒であり、中国共産党は文化大革命で儒教を徹底弾圧した過去をもつ無神論者の集団だ。
 そうした彼らの偽善的「宗教」が、新興国や西側の一部に魅惑的に映るのは、宗教それ自体が人間本性に深く根差したものだからである。逆に言うと、西側のビジネス主導のグローバリズムは、西側社会内部にもいる宗教的な人々や、新興国の伝統的な共同体文化を軽視し、侮蔑しながら、進歩的、個人主義的な価値観をなかば暴力的に「啓蒙」してきた。そこに生まれた反発心に「鋭く」食い込んできたのが中露のシャープパワーなのである。
 現在、新興国の取り込みに躍起になっている西側諸国だが、彼らの共感を得るためには、まず、自国内で宗教や伝統文化への敬意を取り戻すことから始めるべきだろう。(2022年7月10日付 789号)