トランプ「岩盤支持層」が迎える変化

連載・宗教で読み解く世界情勢(66)
宗教問題アナリスト 小笠原員利

 米国大統領選挙において重要な役割を担っているのがキリスト教福音派であることはよく知られている。共和党トランプ政権時代には「岩盤支持層」として、主流メディアはじめ強力な反対勢力を抱えるトランプ氏の政権運営を支え続けた。その福音派の中で最大の人数を抱えるのが「南部バプテスト連盟(SBC)」である。
 SBCはボトムアップ型の組織であり、4万7000以上の独立した教会から構成されている。彼らは年次総会で自らの指導者を選び、神学的、政治的な問題について議論し投票する。大半がトランプ氏を支持していることからもわかるように、同性婚、中絶禁止など政治的なスタンスは保守である。この1400万会員を数える米プロテスタント最大のコミュニティの動向が次期大統領選挙においても重要なファクターとなることは間違いない。
 そのSBCだが、近年、トランプ氏に対する立場の違いに加え、人種問題、男女平等、性的虐待に対する対応などをめぐって深刻な内部対立を抱えており、一部の著名牧師や所属教会の離脱が相次いでいる。会員数もピーク時の2005年には1660万人を数えたが、2020年は1409万人と実に15年間で15%も下落した。特にトランプ政権下の4年間で約100万人の会員を失っており、中絶やジェンダー問題などで政治的に有利なポジションにあったことが、必ずしも教会の復興にはつながらなかった。
 この6月に行われた新議長選出のプロセスは、今後とるべき進路をめぐるSBC内の葛藤をそのまま映し出すようなものだった。議長候補は4人、そこから絞られた2人が最終的な決選投票に臨み、最終的な得票は6834票対6278票で、その差556票という僅差であった。
 敗北した候補は元SBC執行委員長のマイク・ストーン牧師であり、SBCの中でも最も保守的とみなされる「保守バプテストネットワーク(CBN)」の支持を受けていた。CBNは聖書の厳格な解釈を主張し、1980年代以降に保守化傾向を強めたSBC内の正統派を自認している。人種問題や男女平等についても聖書の真理に基づいた解決が可能だと主張しており、「社会正義」の名の下で浸透しつつある左派的な「批判的人種理論」「ジェンダー理論」などに強い警戒を示している。敗れはしたものの、ストーン候補の得票が約半数に達したことは、彼らの保守的な主張が、まだまだSBC内で存在感を持つことを示している。
 ストーン牧師に勝利してSBC新議長となったアラバマ州・リデンプション教会のエド・リットン牧師は61歳でSBC内では穏健派とみなされている。長年、人種間の和解を提唱してきたことで「リベラル派」と見られることもあり、結婚に関する説教を妻とともに行った際にはCBNから、「女性による説教を禁ずるSBCの方針を破った」との告発を受けた(本人は妻が説教したわけではないと否定)。今回の議長選挙では、2012年にSBC初の黒人議長となったフレッド・ルター氏をはじめ、有色人種の教会などから熱心な支援を受けた。
 ちなみに、彼自身は神学的、政治的な両面で保守派を自認しており、中絶に反対し、結婚は男女間のものと信じるとの声明を当選翌日に発表している。一方で、説教台で政治的な話をすることはないと述べ、あくまでも「イエス・キリストの代理人となる」という宗教的使命に徹する姿勢を明確にした。
 SBCが敬虔なキリスト教信徒の集まりであり、聖書的教理を重視する保守的教派である以上、リベラル色を帯びた新議長の選出が、そのまま共和党支持層からのSBCの離脱を意味するわけではない。しかし、その一方で「中絶反対」などの宗教的に結束しやすい問題だけでなく、人種差別や女性の地位向上といったSBC内で温度差を抱える社会問題に対しても、よりオープンで積極的な議論が必要とされることは間違いない。
 CBNは、聖書的な真理が人種間の和解や、真の男女平等の実現に向けて解決策をもっていると主張する。しかし、SBCにとって現在必要とされているのは、一方的な聖書主義の主張ではなく、「聖書に解決がある」ことをSBC外部の人々に対しても説得力を持つ論理と具体的な実践を持って示すことである。
 リットン新議長は、時代の変化に応える新たなSBCの姿を示すことができるだろうか。SBCが抱える課題は、他の衰退しつつある先進国の宗教全てに共通する課題でもある。信仰的伝統と霊的生命を守りつつ、現代的な社会問題にも真摯に向き合う。もし、この改革に成功するなら、ますます人種の多様化が進み、「社会正義」に敏感な若者たちが主流となる米国にあって、SBCは再び発展の軌道にのることができるだろう。
(2021年7月10日 777号)